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 実は耕作はただの付き人ではなかった。辻本社長の密命を帯びたスパイなのだった。
 いや、スパイなどという大したものではない。要するに、付き人の振りをして理奈の周りをうろつき回り、隙を見て理奈を縛ってSMの味を覚えさせてしまえという話なのだ。
 もともと耕平は、食えない縄師だった。高校生時代、父親が隠し持っていたエロビデオに出て来た縄師に憧れ、大学にも行かずにこの世界に飛び込んできた。
 だが、世の中に自称縄師は腐る程居る。対して、商売としての縄師の需要は絶望的な程少ない。このような状況の中で頭角を現していくにはよほどの技量が必要なのだが、哀しいことに耕平は生来手先が不器用だった。
 そんな訳で、プロの縄師として身を立てる耕平の夢は挫折してしまった。かと言って他の仕事に就く気持ちも起こらず、なんとなくAV業界の周りをうろうろして日銭稼ぎの毎日を送っていた。
 そんな耕平に、辻本社長が声を掛ける。彼は小さなAV制作会社を経営していて、耕平も時々、ADとして働かせてもらったりしていた。
「耕ちゃん、今日、どう? ちょっと、付き合う?」
 肥った体にサングラスを掛けて、禿げ始めた頭をジャイアンツの野球帽で隠した辻本社長の風体は、いかにも怪しい。そんな、犯罪者のように怪しい辻本社長の酒の誘いも気持ち良く受けなければならないのが、仕事を貰っている人間の辛いところだ。
「あ、いいですね。最近誘ってくれないから、淋しいなって思ってたところだったんですよ。行きます、俺、行きます」
「そう? この間ね、おいしい冷奴を食わせる店を見つけたのよ。じゃあ、そこ行こうか」
 ありゃ、また安い酒だなと内心で思うが、そんなことは顔に出さず、いかにも嬉しそうな表情で耕平は社長の後を随いていく。
 俗に、ただより高いものは無いと言う。こうして耕平は、思い切り高いただ酒を飲まされることになるのだった。


「うち、最近ヒット作無いんだよねえ」
 本当に、冷奴と焼酎だけで始まった酒宴の最初から、辻本社長の話題は会社の愚痴だった。
「そう言えば、そうですよね」
「このままだと倒産だよ。耕ちゃん、なんとかしてよ」
「いやあ、なんとかと言われてもねえ。でも社長、今度入った理奈ちゃん、いいじゃないですか。あの娘、絶対に売れますよ」
「それがさあ、あの娘やたらNGが多くてさあ。撮れないんだよね、激しい写真は」
「あ、そうなんですか」
「今どきさあ、AVアイドルの時代じゃないじゃない。過激じゃなきゃあ、売れないんだよ。そういうことあの娘、全然分かってないんだよねえ」
 辻本社長の悲壮な叫びも、耕平にとっては他人事だ。だから、あまり本気で考えないで思い付きで適当な返事を返す。
「犯しちゃえばいいじゃないですか」
「犯すう?」
「無理矢理押し倒して縛り上げて、SMの味を覚えさせちゃうんですよ。SMできるようになったら、あとは済し崩しにNG項目、消していけますよ」
 これが、耕平の運の尽きだった。
 社長がダンッと音を立ててコップをテーブルに叩き付ける。驚いた耕平が飛び上がる。
「耕ちゃん!」
「あ、ごめんなさい」
 怯えて身を縮めている耕平の手を、辻本社長が両手でしっかりと握り締めた。
「やってくれるの、耕ちゃん!」
「え? やりませんよ、俺は」
「ありがとう、耕ちゃん! 君、私の命の恩人だよ! もう、一生恩に着ちゃう! もう、耕ちゃんの家の方角に、足向けて寝ない!」
 それからの辻本社長は、この素晴らしい思い付きの話で盛り上がりに盛り上がった。もう、耕平の言い分など、口にする隙さえ与えなかった。気が付くと耕平の前に手書きの契約書が置かれ、署名させられ、手際よく用意された朱肉で拇印まで捺させられてしまった。
 そう、それは社長の壷だったのだ。そもそも、なぜ耕平が今日、誘われたのか? 辻本社長は、星山理奈の非合法調教を最初から耕平にさせるつもりだったのだ。
 うまく社長に乗せられて、ご丁寧に耕平は、自分で自分の首を絞めるような発言までしてしまった。全く自業自得としか言いようが無い。
 にも関わらず、耕平はこの時、あまり後悔していなかった。
 星山理奈は、顔もスタイルも抜群の仔鹿のような娘だった。あの娘を縛って、ひいひい泣かせてみたいとは前から思っていた。
 社長の策略は、そんな耕平の妄想の背中を押すものだった。
 報酬も悪くない。理奈の付き人をしている間は、ちゃんと付き人の給料がもらえる。もし成功すれば、成功報酬二十万円を別にくれるというのも魅力だった。
「もしこれが成功すればさ。他にもNG外してもらいたい娘が何人か居るんだよね」
 辻本社長は、三人の若手専属女優の名前を挙げた。わがままを通すだけあって、どの娘もそれぞれに美形であり、ナイス・バディである。そんな娘たちを次々に調教できるのかと、耕平はすっかり、緊縛ハーレムの妄想にうっとりとしてしまった。
「辻本さん! 俺、やります!」
「おお、やってくれるか、耕ちゃん! 頼んだよ!」
「はい! 頑張ります!」
「頑張れ、耕ちゃん! 私の希望の星よ!」
 その夜は、社長も耕平も、思い切り盛り上がった。その夜、社長と耕平は世界の王であった。

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