後悔は二日酔いと共にやってきた。翌日、自分の寝床の中で昨日の話を思い出した耕平は、思わずがばっと跳ね起きた。
「女の子がもし納得しなかったら、どうなるんだよ」
突然付き人が飛び掛ってきて、自分を縛り上げ、犯す。それに腹を立てた星山理奈が耕平を訴えたとしたら、
自分は、レイプ犯になってしまうじゃないか。そうなったら、母親は泣くだろう。父親は怒って、自分を半殺しの目に遭わせるかもしれない。親戚も、昔の友達も、みんな自分から離れていくだろう。耕平は頭を抱えた。
昨日は気が付かなかったが、辻本社長も公平が訴えられる可能性が高いことに、ちゃんと気付いていると思う。
「いい? 耕ちゃん。これだけは約束だよ」
「なんです?」
「もし、耕ちゃんが訴えられた時は、絶対うちの会社や、私のことを警察でしゃべっちゃ駄目だよ」
社長は何度も、耕平にそう念を押した。
「分かりました、辻本さん! 絶対にしゃべりません!」
昨日の耕平は、金と色にすっかり目が眩んでいた。酒の勢いも手伝って、耕平は何度も社長に宣誓した。
だが、酔いが醒めてみると、自分がどんな馬鹿な誓いを立ててしまったか分かる。訴えれて警察に捕まって、辻本社長との契約とのことに一切触れないということは、
「俺が、個人的趣味で理奈ちゃんを押し倒したってことになるじゃん!」
耕平は蒼くなった。情状酌量の余地無し。訴えられた時点で、耕平が前科一犯の犯罪者になってしまうのは、間違い無い。
実際のところ、耕平は法律とか裁判についてほとんど知らないので自分の想像がどこまで当たっているかは分からない。でも、そんなに大きく違わない気がする。
昨日、社長が列挙したアイドル系の女優たち。彼女たちを端からレイプしていったとして、そして端から訴えられたとしたら、一体何人目で自分は死刑になるだろうか。そうなるのは、意外に早いような気がする。
「駄目だ。絶対に無理だ。断ろう」
耕平は慌てて携帯電話に飛び付く。呼び出し音が五回鳴って、辻本社長の無駄に元気な声が聞えてくる。
「もしもし? あっ、耕ちゃん? 昨日は楽しかったねえ。あのこと頼むよ、耕ちゃん。期待してるよ」
「いや、辻本さん。そのことなんですけど、俺、やっぱり、断りたいなあと思って」
「なんだ、断っちゃうの? でも、耕ちゃん、違約金払えるの?」
「なんです? 違約金って?」
「違約金だよ。昨日も話してたじゃない」
違約金? 違約金? 耕平は必死で昨日の記憶を辿る。なにしろぐでんぐでんに酔っ払うまで飲んだので、あちこちの記憶が飛んでいて頼りないことこの上無い。
そう言えば、社長が何か叫んでいた。
「約束破ったら、百万え〜ん!」
「おう! 百万え〜ん!」
やっと蘇ってきた記憶に、耕平は目眩を覚えた。
「あの、社長。その違約金、幾らでしたっけ」
「百万円」
「あ、やっぱり」
「ちゃんと契約書にも書いてあるんだからね。もし抜けるんだったら、耕ちゃん、百万円、払ってよね。それとも、やっぱりやる?」
「やっぱりやります」
「そう、じゃ、今日の2時に、事務所に来てよね。理奈ちゃんに紹介するから」
電話が切れた。耕平は、そのまま倒れ込んでしまいそうな脱力感に、辛うじて耐えていた。
そして、小さく呟いた。
「終わりだ」
一通だけの契約書を社長が持っていて、耕平はその契約内容の確認さえできない。こんな契約に法的な拘束力は無い。そもそも、犯罪行為を行わせるような契約内容自体に、法的正当性は無い。
だが、耕平にそんなことは分からない。今はただ、とても払えそうもない多額の違約金から逃れたい、でも犯罪者にはなりたくないという、狂おしいばかりの葛藤があるばかりだった。
ともあれ、こういう事情で、耕平は星山理奈の付き人になったのである。
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