「理奈ちゃん、それじゃ、次のシーンまで休んでてよね」
「……はい」
まだぐったりとしている星山理奈は、辛うじてそう答えた。耳や首筋の辺りがほんのりと上気して、先ほどの興奮の名残りがまだ理奈の体に残っているのが分かる。
「なに?」
理奈の横顔をじっと見詰めている耕平の視線に気付いた理奈が訊いた。
「いや、そうしていると、色っぽいなと思って」
「馬鹿」
理奈は照れ臭そうに横を向き、開始された次のシーンの撮影に目を向ける。
浴室では、スケベ椅子に座った男優に恭子が奉仕している場面を撮影している。タワシ洗い、壷洗いと続いて、最後にスケベ椅子の下から腕を伸ばして股間を洗い始める。
理奈の腰がすっと引ける。さっき、恭子の股間洗いでいかされてしまった時のことを思い出してしまったらしい。
「なにやってんだよ」
突然、男優が恭子を後ろに突き飛ばした。バランスを崩して、恭子が尻餅を搗く。
「ちっとも気持ち良くないじゃないかよ。こんなんじゃ、いけないよ」
「申し訳ありません」
「申し訳ないじゃねえだろ。こっちは高い金払って遊んでんだよ。ちゃんとやることやれよ、この野郎!」
「お客さん、乱暴はやめてください」
「乱暴だあ?」
男優が、恭子の髪を本当に乱暴につかみ、引き摺り回そうとする。
「乱暴たあ、誰のことだ? ああ?」
「い、痛い。やめてください」
「本当の乱暴ってのはなあ。こうするんだよ、こう!」
「い、痛い。ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねえよ、待ってろ、この野郎」
そう言うと、男優は浴室と部屋の境目の辺りにずっと置きっ放しだった鞄に近付き、中を開ける。中から取り出されたのは、麻縄の束だった。
「あちゃあ」
耕平は思わず声に出す。辻本社長が、懲りもせずにまた仕掛けてきたのだ。理奈にSMシーンを見せて、また刺激しようとしているんだ。
それにしても、今回はよく考えてある。出演シーンと出演シーンの合間にSMシーンを挟んだのでは、理奈も席を立って逃げ出す訳にもいかない。外はソープ嬢と客が行き来しているので、一人で気楽に出入りもしにくい。結局理奈は、我慢してこの撮影に立ち会っているしかない。
こっそりと、横を盗み見る。案の定、理奈の表情は怒りでかたくなっている。鼻息も荒くなっているし、もう、いつ暴れ出してもおかしくないくらいにボルテージが上り切っている。
(社長も、よくやるよ)
そもそも、今回のビデオのシチュエーションから言うと、こんなシーンが入るのはおかしいのだ。全く、理奈を手懐けるためだけに、無理矢理差し込んだとしか思えない。
「さあ、ここを握るんだ」
恭子に胸縄を打つと跪かせ、男優は恭子を跪かせて、右手で右足首、左手で左足首を持たせて、それぞれ縄で固定した。それぞれの縄尻を恭子の背中の縄目に固定すると、恭子はお尻を高く持ち上げた上体のままで固定されてしまった。
そうやって、目の前に剥き出しにされた陰部を、男優が舐め始める。
「ああんっ!」
恭子が悲鳴を上げる。切なげにお尻を振って男優の愛撫から逃げようとするが、全く身動きの取れない今の状態では逃げようも無かった。
女陰を舐め続けながら、股座の下を通って男優の腕が伸びる。恭子の乳房をぐっとつかんだり、乳首をぐりぐりと揉んだりし始める。ああっと呻いて恭子の首がのけぞる。
今度は恭子が責められる盤だ。男優の本気の愛撫で、恭子の体にうっすらと汗が滲んでくる。股間からぴちゃぴちゃといやらしい音がし始めて、太腿の辺りに愛液が垂れ始める。
「よっしゃあ! じゃ、突っ込んでみよう」
指示を受けて男優が、恭子の前に回る。尻を高く突き上げた状態で床に突っ伏している恭子の顔の前に腰を押し出していって、自分の一物を恭子に咥えさせようとする。まるで、宇宙衛星のドッキングのような離れ業だ。
「ううっ」
なんとか男優のそれを咥えることのできた恭子は、頭だけを動かしながらそれを勃たせようとする。首の動きに合わせて、高く持ち上げられているお尻が微かに揺れている様が妙にエロティックだ。
こくん、と音がした。
驚いて耕平が振り返ると、理奈は怒ったようにそっぽを向いている。入り口のドアの辺りを睨んで、ことさら二人の濡れ場を見ないようにしている。
だが、耕平は確かに聞いた。さっきの音は確かに、理奈が生唾を呑み込む音だった。
意外だった。あれほどのSM嫌いの理奈が、こんな場面で興奮の徴候を見せるとは思いもよらなかった。今まで、理奈と二人で撮影に立ち会ったことは何度もあるが、かなり激しいベッド・シーンでも、理奈が生唾を飲み込むなどということは一度も無かったのだ。
「そうだったのか」
「なによ?」
耕平の一言に、理奈が過敏に反応する。
「いや、なんでもない」
挑戦的な目付きで耕平を睨んできた理奈の視線を外し、耕平は再び恭子の方に目を向けた。
「ぷはあっ」
大きくなった男優の一物が引き抜かれると、大きな息を吐いて、恭子はぐったりと頭を床に付ける。無理な姿勢でずっと頭を持ち上げて首が疲れたのだろう。
だが、高く持ち上げられたお尻の真ん中で、あそこだけがひくひく動いているところを見ると、興奮しているのも事実らしい。恭子のマゾっ気は、大分強そうだ。
そして、理奈も。
フレームの外で、男優が急いでゴムを付けている。これでボカしを入れれば、生で挿入しているように見えるのだ。
「あああっ!」
挿入された瞬間、恭子は身を震わせて声を上げる。続いて男優の腰がゆっくり動き始めると、それを迎えるように恭子のお尻も小さく揺れ始める。
パシン!
「ああっ!」
男優にお尻を叩かれ、恭子のお尻がぐっと締まる。続いて、男優の指が厭らしく恭子の尻たぼを撫で回し始めると、恭子のお尻が擽ったそうにもじもじ揺れる。
パシン!
「ぐうっ!」
恭子のお尻がぐぐっと締まる。男優の顔が気持ち良さそうに変わる。
パシン!
「あはあっ!」
恭子のお尻がぐうっと締まる。男優の腰の動きが、リズミカルな、力強いものに変わってくる。その一突き毎に、恭子の口からあっ、あっ、と声が洩れる。
また、耕平の後ろでこくっという音がした。今度は耕平も、聞えなかった振りをした。
耕平は確信した。理奈はマゾだ。まだ未開発のマゾだが、かなりのマゾっ子だ。
すぐに「いやらしい」という言葉を連発する女の子が居る。本当にいやらしい場合もあるが、これのどこがいやらしいのか、分からないという場合もある。要するに、それ自体がいやらしいかどうかではなく、女の子をいやらしい気分にさせるものがいやらしいのだ。
女の子は体の中に荒馬を飼っている。性欲という名の荒馬を。その荒馬は、飼い主が少し油断をすると、たちまち暴れ出す。そしてその荒馬が本気で暴れ出してしまえば、もう女の子自身の手にも負えなくなってしまう。
だから女の子は嫌うのだ。外からの無責任な刺激を。その刺激で荒馬が暴れ出すことを、何より怖れているのだ。
理奈があれほどSMを目の敵にするのは、SMが危険だからだ。理奈の中に棲んでいる荒馬は、きっとマゾ馬なのだ。だから、一旦SMの世界の味を知ってしまえば、限りなくのめり込んでしまいそうな予感がして怖いのだ。それで、意図的にSMを避けていたのだ。ことさらに、嫌って見せたのだ。
「うおおおっ!」
「あああっ! あはあっ! あはああっ!」
クライマックスが近付いて、男優の腰の動きが急ピッチな、乱暴な動きに変わっていく。男優の腰骨が、恭子のお尻にがんがん当たる。恭子も相当いいんだろう。全身をがくがく震わせて頭を振りたくり、大声で叫び続けている。
男優が、がばっと一物を引き抜く。フレームの外で急いでゴムを引き外すと、恭子の顔にスペルマを降り掛けた。事が終わった後も、乱れた恭子の呼吸はなかなか整わなかった。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
男優のスペルマを顔に掛けられた後も、恭子は茫然自失の状態で荒い息を吐いていた。恭子もまた、本気でいってしまったようだった。
撮影が終わって耕平が一人で部屋で酒を飲んでいると、携帯が鳴った。辻本社長からの電話だった。
「もしもし、耕ちゃん?」
「辻本さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。理奈ちゃん、どうだった? 怒ってた?」
「怒ってましたよ。もう、カンカンです」
「そうかあ。本物を見せたら気持ちも変わるかと思ったんだけどねえ。駄目かあ」
「いや、そうでもないです」
「え? 何かあったの? 理恵ちゃん、やれそう?」
「まあ、やるだけやってみますから。社長、うまくいったら成功報酬、ちゃんと頼みますよ」
「分かってるよ、耕ちゃん、僕が今まで、約束破ったことある?」
「守ったことの方が少ない気がするけど、まあいいです。お願いしますよ、二十万」
「あれ? 十万じゃなかったっけ?」
「二十万です!」
「冗談、冗談。二十万ね。それじゃ耕ちゃん、期待してるから。本当に、期待してるからね。じゃあね」
社長の電話が、切れる。
耕平は煙草に火を点けながら、さっきから考えている計画を頭の中でもう一度なぞって見る。おそらくチャンスは一度、失敗は許されない。
そして耕平は、今別れたばかりの恭子の携帯番号を回した。
「もしもし? 山中ですけど」
恭子の声が、電話の向うから聞えてくる。
「恭子、今、いい? ちょっと頼みたいことがあるんだ」
理奈の存在を快く思っていない恭子なら、きっと協力してくれる。耕平はそう思っていた。
|
|
|