「いやあ、耕ちゃん、ありがとうね。おかげで理奈ちゃん、SMビデオ、出演OKしてくれたよ」
「ああ、そうですか」
「それじゃ、これ、約束の御礼。また、頼むよね」
「ありがとうございます」
耕平はその場で封を開いて、中身を確かめる。
「辻本さん、十万、足りませんよ」
「え? 二十万だったっけ?」
「二十万です」
「あれ? そうだっけ?」
「二十万です!」
「あ、ご免ご免。そうか、二十万だったっけ。そうだったかなあ」
「本当に、油断も隙も無いんだから」
報酬を手にして事務所を出てくると、後ろから耕平に近づいて来る人影がある。
「耕平」
どきっとして振り返る。それは星山理奈だった。
「あ、理奈ちゃん」
「私の付き人、やめるんだってね」
「ああ、ごめんね」
「社長から全部聞いた。耕平、私にSMの味を教えるって、社長と約束したんだってね」
「いや、まあ」
「私の付き人になったのも、一緒に飲みにいったりしたのも、私を縛るきっかけを探してただけなんだね」
「いや、それは、」
パシンッと音が鳴る。理奈が、耕平の頬を思いっ切り平手打ちにした音だ。
「理奈ちゃん、いきなり何を、」
耕平は絶句した。
理奈が泣いている。大粒の涙をぽろぽろ流して。
「理奈ちゃん」
「さよなら」
そして理奈は、もと来た方へ走り去っていった。
「理奈ちゃん、耕ちゃんのこと、好きだったみたいだね」
ドアの隙間から顔を出して、辻本社長が話しかけてくる。
「好きな男に騙されて、SMされたんじゃ、傷付くよなあ。耕ちゃん、罪なことするなあ」
「辻本さん!」
「じゃ、これからもよろしく頼むよね」
「これからもって、」
「SM覚えてほしい娘はまだ、いっぱい居るんだよね。一人縛って二十万。悪い話じゃ、ないでしょ?」
「辻本さん、俺はもう、」
言いたいことを言い終わると、目の前でばたんとドアが締まる。耕平一人が、取り残される。
そのまま耕平は、その場に立ち尽くしていた。さっきの理奈の涙が心に染みる。そしてこの頬の痛みも。
理奈との思い出が、頭の中をよぎる。短かったけれども、楽しかった日々のことが。二人で一緒に飲んだくれた日々。きまぐれで悪戯な理奈の行動に振り回された思い出。理奈のジェラシーに困惑しながら、ちょっと嬉しかったあれこれの出来事。
その全てを、自分が台無しにしてしまったのだと思うと、心がずんと暗くなる。
「俺、死んだら、きっと地獄に落ちるんだろうなあ」
それから暫く、耕平はその場に立ち尽くしていた。
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