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「いてえっ!」
 お尻を蹴り上げられて、耕平は悲鳴を上げた。重いトランクを落とさないように辛うじてバランスを保ちながら、下から塩崎アンナの顔を見上げる。
 アンナは耕平の前に仁王立ちで立っている。モデル体型で、ただでさえ背が高いアンナがヒールを履くと、本当に、耕平は見上げる感じになる。脚も長い、胸もでかい、顔も長くて、鼻もでかい。とにかくアンナは、全てが大作りだった。父親がアメリカ人という触れ込みも、まんざら嘘ではないかもしれない。
 とにかくアンナは、日本人離れした美人だった。デニムのジーンズにジャケットを着込んだ立ち姿は、プレイボーイの表紙はを飾ってもおかしくない。
 もっとも、アンナは全く英語が話せない。中学程度の単語も知らないということで、彼女の生い立ちはやはりベールに包まれていた。
「ぐずぐずするんじゃないよ。しっかり随いてきなよ、愚図!」
 そう言うと、アンナはさっさと歩き出した。耕平はとぼとぼと後を追い掛ける。
「言っとくけどね、あたしは付き人なんて要らないんだ。社長の顔を立てて、仕方なく付き合ってやってるんだからね」
「はい。分かってます」
「だいたい、女のあたしの付き人が、なんで男なんだよ。おかしいじゃないか」
「はあ。ごもっともです」
「あんた! あたしがトイレに行く時は、ちゃんと入り口のところで待ってるんだよ」
「もちろんです」
「覗いたら、承知しないからね!」
「はい、覗きません」
「まったく、馬鹿にしてるったらありゃしない」
 ついさっき、アンナの付き人に耕平を付けると伝えられて以来、アンナはずっとこの調子で怒っている。この調子だと、アンナの家に辿り付くまで、ずっと怒り続けているつもりかもしれない。
(これは、恭子の言った通りだ。いや、恭子の話以上の男嫌いだ)

 今度は耕平が売り出し中の塩崎アンナの付き人になると聞いた時、企画物AV女優山中恭子は心底気の毒そうな顔をした。
「耕平、あの娘は大変よ」
 どうやらAV女優仲間の間で、塩崎アンナの男嫌いはかなり有名らしい。
「とにかく、男のことをよく言うのを聞いたことが無いんだから。あれは、嫌いなんじゃない、男を憎んでるって感じだから」
「そんなに嫌ってるのか。昔、何かあったのかなあ?」
「なんでも、初めて付き合った男が、相当なDV男だったみたい」
「AV女優の元彼が、DV?」
「駄洒落じゃないわよ。とにかく、アンナも初めての男だったからさ。相当尽くしたみたいなんだけど、とうとう耐えられなくて、別れちゃったんだって」
「はあ、それで、その反動で男嫌いに」
「男なんて、甘やかしたらすぐ付け上がるから、ビシバシ厳しくするんだって」
「ビシバシねえ」
「耕平、あんた、ビシバシやられるわよ」
「かなわないなあ」
 そして恭子の予言通り、耕平は出会いの初めから、アンナにビシバシやられているのだった。

「あの、少し聞いていいですか?」
 大股でづかづかと歩いていくアンナの後ろを追い掛けながら、耕平が訊いた。
「何よ」
「アンナさんの最初の男って、どんな男なんですか」
 アンナが立ち止まって、振り返った。振り返った時の形相の恐ろしさに、思わず耕平は二歩、三歩、後退あとずさった。
「そんなことを、あんたに話す必要があるわけ?」
「ありません。ごめんなさい、無いです」
「あんたね。そういうのをセクハラっていうのよ、セクハラ! 分かった?」
(セクハラって、この業界自体がセクハラ推進実行委員会みたいなもんじゃないかよ)
 それから、アンナは二度と耕平と口を利こうとしなくなった。アンナの大股歩きはさらに大股になり、重い荷物を抱えながら、耕平はふうふう言いながら後を追った。

 アンナの部屋に着くと、アンナは耕平の手から鞄をひったくる。
「じゃ、あんたはここでいいから」
「あ、じゃ、あさっての十時に迎えにきますから。その時に、……」
 耕平の言葉を最後まで聞かずに、アンナは目の前でドアをバタンと閉じる。耕平の緊張が解け、ほっと肩の力が抜ける。

 耕平は携帯で、辻本社長に電話を掛ける。
「もしもし? あ、耕ちゃん、どう? アンナちゃんと、仲良くなれた?」
「なれる訳ないでしょ? 辻本さん、あの娘の男嫌い、知ってたでしょ。知ってて、俺に黙ってたでしょ」
「あれ? アンナちゃんって、男、嫌いなの?」
「嫌いなんですよ!」
「とにかく、耕ちゃんならきっとなんとかしてくれるって、信じてるから。頼りにしてるんだよ、耕ちゃん。じゃ、そういうことで」
「あ、辻本さん、切らないでよ、今度は本当に駄目ですって。俺には無理ですって。ああ、切れた」
 耕平は天を仰いで溜息をいた。今度ばかりは、耕平もどうすればよいのか、とんと検討が付かなかった。

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