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 耕平の部屋に、一人の男が座っている。ひょろっとして、度の強い眼鏡を掛けて、いかにも気の小さそうな小柄な若者だった。
 名前を、丸山三郎という。アンナの幼馴染みらしい。ビデオを見て、アンナに会いたいと連絡してきたのだ。たまたまその場に居合わせた、耕平が、社長に頼んで、話をする機会を作ってもらったのだった。
「あ、飲んでください、どんどん」
「あ、すみません」
 内気な男は、なかなか耕平と打ち解けてくれなかった。ようやく、会話してくれるようになったのは、缶ビールの五本目が空いた頃だった。
「アンナちゃんって、やはりハーフなの?」
 おかしくもないのに、男が笑う。もう、顔も首筋も、コップをつかんでいる手の指先まで真っ赤だ。これ以上飲ませたら確実に酔いつぶれる。そう思うと、耕平も焦る。
「そうなんですよ。なんでも、お父さん、横須賀基地のアメリカ兵だったそうですよ」
「あ、そうなんだ」
「でも、すぐに本国に戻っちゃったみたいで。だから達子、産みの親と育ての親が違うんですよね」
「父親を、産みの親とは言わないでしょ」
 どこが面白かったのか、男がどっと笑う。駄目だ、これ以上、こいつに飲ませられない。
「そうか。アンナちゃん、本当は達子って言うんだ」
「達子っていうんですよ」
「ねえ、丸山さん。アンナちゃんの初めての相手って、どんな人だったか、知ってます?」
「どんなって」
 残っていたビールを、ぐいと飲み干す。だから、もう飲むなって。
「それ、俺ですよ」
「え!」
「達子は俺の最初の女だし、俺は達子の最初の男なんです」
「へえ。そうなんだ」
 耕平は改めて、丸山という男をまじまじと見詰める。
 企画物女優の恭子の話だと、アンナの初めての男は相当なDV男のはずだった。アンナは懸命に尽くしたのだが、とうとう付いていけずに別れてしまった。
 目の前にいる丸山は、そのイメージからほど遠い。耕平は、混乱してきた。
「どんなだったの?」
「何がです?」
「あ、いや、アンナちゃんと丸山さんって、どんなだったの?」
「どんなって、普通ですよ」
「アンナちゃん、丸山さんに尽くしてくれた?」
「尽くしてくれませんよ。俺、ほとんど達子のパシりみたいなものだったんですから」
「ううん、かなりキツめの普通だよね」
「知ってます? 達子の処女喪失、騎上位だったんですよ」
「騎上位? なに、それ」
 思わず、馬鹿な質問をしてしまった。もちろん、耕平だって、騎上位くらいは知っている。
「だからね。達子は俺の上に跨って処女膜、破ったんですよ」
「うへえ」
 ビデオの撮影で、男の上に跨って腰を上下しているアンナの姿を思い出す。オー、イエス、オー、イエス、という、洋物ポルノ女優の喘ぎ声が重なって聞こえてくる。
 だが、いくらなんでも、それで処女喪失というのは考えにくい。はっきり言って、あり得ない。
「もしかしてそれ、たまたま生理の日だったんじゃないの?」
「生理の日だったら分かりますよ。俺、生理の日に、何度も達子にやられてるんですから」
 やると言わずに、やられるというところが、いかにもアンナの恋人らしい。
「あのね、丸山さん。丸山さんは、アンナとどうして別れちゃった訳?」
「どうしてって、AV女優になるって言って、家出しちゃったんですよ」
「え! うちの会社に入る時に別れたの?」
「そうですよ」
「と、いうことは、アンナちゃん、この仕事始める前は、丸山さん一人しか、男知らなかったんだ」
「そのはずです」
「うへえ」

 結局、丸山という男は酔いつぶれてしまった。細い体の割に大きいいびきを掻く丸山の寝顔を見ながら、耕平は煙草をふかしている。
 アンナが自分で言っていたという話と、丸山の話とは悉く食い違う。丸山は器用な嘘がけるタイプではないから、やはりアンナの話の方が嘘なのだろう。
 だが、丸山の話を聞いて、アンナという女がますます分からなくなってくる。一つ一つの行動の意味が分からないし、アンナの嘘にしても、なぜそんな嘘をくのかが分からない。
 それにしても、自分で自分の処女膜を突き破る女など、耕平は初めて聞いた。
 処女喪失は、痛い。だから普通は、男の動きから無意識に逃げようとする。いかにそこまでの前戯が気持ちよかったしても、それで忘れられるような痛みではないのだ。
 それをアンナは、自分から男の上に跨って、相手の男のペニスを使って自分の処女膜を破ったという。もしそれが本当なら、とんでもない気の強さ、意志の強さである。
(そこまで、男が憎いのかな)
 処女喪失の瞬間まで、男にイニシアチブを渡すのがいやだったということだろうか。だとすれば、アンナの男嫌いは一種病的なところにまで行ってしまっている。
 一体、それほどまでに男を憎む理由が、何かあるのだろうか。丸山の話を聞く限り、その原因はこの男ではない。処女を失う以前に、アンナはすでに男嫌いになっていたということになる。
 それにしても、こんなにも男を憎んでいるアンナが、なぜAV女優になったのだろう。そもそも、男嫌いのアンナに、ファックは必要だったのだろうか。男と性欲は別物ということなのだろうか。
 理解できないことが多すぎる。ジグソー・パズルを組み立てるためのピースが、まだ何枚も不足している気がする。
(焦るな、耕平)
 耕平は、自分にそう言い聞かせる。とにかく、アンナを理解して、アンナを突き崩す手掛かりが掴めない限り、耕平の任務は終わらないのだから。
 悩んでいる耕平の隣で、丸山は気持ちよさそうにいびきを掻き続けている。

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