「この、愚図!」
「あいた!」
アンナにお尻を蹴り上げられて、耕平は悲鳴を上げた。相変わらず、アンナの耕平に対する態度は邪険だ。生理前なのかもしれないが、ここ数日の扱いは特に酷い。
「今日はあんたに持たせるような荷物もないから、このまま帰んな」
「え? でも、アンナちゃんを、ちゃんと無事に家まで送り届けるのも、僕の……」
「あたしは、一人で帰りたいって言ってるんだよ!」
「あ、分かりました。お疲れ様でしたぁ」
「まったく、この鈍感野郎」
そして、アンナは一人ですたすた行ってしまう。後に残された耕平は、ふうっと溜め息を吐く。
「相変わらずやられてるね、耕平」
「恭子」
しょんぼりしている耕平に声を掛けてきたのは、企画物女優の山中恭子だった。
「耕平が奢ってくれるなら、自棄酒に付き合ってあげてもいいよ。どう?」
「え? お父さん、いなくなっちゃったの?」
「そう。ある日突然、アンナちゃんとお母さん置いて、失踪しちゃったんだって。今も、見つからないらしいよ」
アンナに振り回されている耕平に同情したということなのだろう。恭子は、アンナに関する情報をどこかで仕入れてきては、こうして耕平に教えてくれる。
まあ、その度にこうして酒を奢らされるのだから、ありがたいのか迷惑なのか、微妙なところではあるのだが。
「すいません、越乃寒梅、もう一杯ください」
「え? まだ飲むの?」
「飲むよ。耕平も、もっと飲みなよ」
「いや、俺は、今日はもう、いいかなって感じで」
「なによ、さっきから。ピールをちびちび舐めるみたいにして飲んで。そんな飲み方して、おいしくないでしょ!」
「うるさいな。俺はこういう飲み方が好きなんだよ!」
虚勢を張りながら、耕平は心の中で算盤を弾く。残りの時間を、ピール瓶の底に残ったわずかのビールで保たせたとしても、恭子があと二杯、越乃寒梅をお代わりし、平目の刺身を一皿注文したら、もう耕平の持ち金では足りなくなってしまう。そうなる前に、恭子から一通りの情報を聞き出しておかなくては。
「さっきの話、いつ頃のことなのかなあ」
「何が?」
「だからさ。アンナちゃんのお父さんがいなくなっちゃったのって、いつのことなの?」
「つい、最近のことらしいよ。お父さんがいなくなったから、アンナちゃん、AV嬢になれたんだって」
「へえ。アンナちゃんのお父さん、厳しかったんだ」
「もう、平気で手を上げたりしてたみたい」
「ふうん。実の娘でもないのにね」
「え? アンナちゃんのお父さんって、実の父親じゃないの?」
「お母さんの再婚相手らしいよ」
「へえ。そうなんだ。でもそれ、危ないよね」
「何が?」
「だって、血が繋がっていないってことは、ただの男と女じゃない。お母さんが好みだったら、お母さんに顔が似ている娘だって好みだろうし、お母さんより娘の方が若いし、やっぱり、やりたくなるんじゃない?」
なるほど、言われてみればそれが理屈だ。もしかして、アンナちゃんは義理のお父さんと関係があったのだろうか?
だが、耕平はその考えを否定した。丸山の証言に、嘘偽りがあるとは思えない。
「アンナちゃんだってそうだよ」
「そうだって、何が?」
「母親と娘の男の趣味が同じってこと、結構あるんだよ。アンナちゃんも、そのお父さんのこと、男として好きになってたかもしれないじゃない。そうすると、アンナちゃんの方からお父さんを、誘惑……」
耕平は思わず、立ち上がった。不意を突かれた恭子が、何事かという眼で耕平を見ている。
「繋がった」
「何が?」
「全部のピースが繋がったんだ。欠けていたピースは、たった一枚だったんだ」
新しく注文した生ビールを、耕平はぐいっと飲み干す。もしかすると予算オーバーになるかもしれないが、そうなったらそうなった時だ。
「アンナちゃんは、義理のお父さんが好きだったんだ。男としてね」
「うん」
「そしてアンナちゃんは嫉妬していた。義理のお父さんと、本当のお母さんの中を。アンナちゃんの処女喪失は、お父さんへの当て付けだったんだ。相手は誰でもよかったんだ。女になることで、お母さんから義理のお父さんを略奪することができるような気がしたんだろう」
「そういうの、分かる気がする」
「アンナちゃんが、AVの世界に飛び込んできたのも、当て付けだ。いや、ラブ・コールかもしれない。ある日、ビデオに出ているアンナちゃんを見かけたお父さんが、慌てて飛んできて、アンナちゃんを叱り付けてくれて、そのまま連れ戻してくれることを期待しているんだ」
「男嫌いになったのは?」
「自分を捨てていなくなった、お父さんへの恨みさ」
自分で言って、自分で首をひねる。ここだけは、ちょっと違う気がする。その程度の理由で、あれほどの男嫌いにはならない。やはり、ピースはもう一枚ある。
だが、それは後に回してもいい。今、必要なことは、これで全て判明したはずだ。
恭子が耕平の顔を覗き込む。
「どう? お仕事できそう?」
「ああ。なんとかなると思う」
「手伝おうか?」
恭子は前にも、星山理奈というアイドルAV女優の調教を手伝ったことがある。S女性として理奈を責めることに興奮した恭子は、その後耕平に縛られ、M奴隷として散々責められ、悶え狂った経緯がある。
その時の快感が忘れられないのだろう、今回も、密かにパートナーを務めたいと思っていることは態度で分かった。
だが、耕平は頭を横に振る。
「女に責めさせても意味がない。アンナを責めるのは男でなければ」
耕平の頭に浮かんできたパートナー候補は、丸山だった。
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