耕平の敷いた蒲団にくるまって、美姫は眠っている。耕平は、壁に寄りかかったまま、それを見詰めている。
起きている時の美姫も美しいが、寝顔はそれに輪を掛けて美しい。長い睫毛、細く通った鼻筋、そしてこれ以上無いというくらい形の整った唇。どこを取って見ても、人間の女から生まれてきたとは思えない完璧な形をしている。
顔形以上に美しいのは美姫の心だ。なんの疑いも無く、耕平の部屋に入ってきた。この娘は、男という生き物の汚さを知らないのだ。だから、素直に部屋まで随いてきてしまったんだ。それが、どんな危ないことかも知らずに。
耕平の頭の中に、別の少女の顔が浮かんできた。
「千絵」
千絵というのは、耕平の妹だった。美姫の寝顔のあどけなさが、死んだ妹を連想させた。
もちろん、千絵は美姫みたいに美しくはない。もし成人していたら、むしろブサイクの部類に入っていたかもしれない。幸か不幸か、そうなる前に死んでしまった。
千絵は、耕平が高校に入った年に生まれた妹だ。年にすると、15歳も離れている。これだけ離れていると、妹というより娘に近い。耕平はこの妹に対して、父親のような気持ちになっていた。
大学を一切受験せずに高校を卒業してしまった耕平は、有り余る時間のほとんどを千絵のために使った。せっせせっせと妹の世話を焼いた。それは実に献身的な世話の焼き方だった。
千絵もまた、実の父親よりも耕平を慕ってくれた。外出していた耕平が帰ってくると、千絵は耕平の懐に飛び込んできて、疲れて眠るまでずっと離れなかった。
稚い妹の心は天使のように純真だった。愛情を注ぐ耕平を信じて疑わなかった。千絵と耕平は、揺るがぬ愛と信頼で繋がれていた。
その千絵が、突然死んでしまう。酒気帯び運転のトラックに引っ掛けられたのだ。朝、笑顔で耕平を送り出してくれた妹が、夜には冷たい死体になっていた。
耕平は泣いた。涙が涸れるほど、泣いた。突然両腕をもぎ取られてしまったような、理不尽で残酷な突然の別れだった。
もしかすると美姫は、千絵の生まれ変わりかもしれない。人生の楽しみをほとんど知らずに死んでいった千絵の魂が、美姫の体に宿って蘇ってきたような気がする。
その美姫を、SMの変態セックスで汚していいものか。駄目だ。そんなことは絶対に許されない。
「耕平」
声がした。顔を上げると、美姫が体を起こして耕平の方を見詰めていた。
「泣いてるの? 耕平」
言われて初めて気が付いた。耕平は、泣いていた。頬を伝う涙を、慌てて拳で拭った。
「泣いてなんかいないよ」
「嘘。泣いてるよ。耕平、泣いてるよ」
美姫は耕平のそばに躙り寄ってきた。そして耕平の頬の涙を指で拭う。
「どうしたの? 寂しかったの? あたしが、耕平を置いて一人で寝ちゃったから?」
「馬鹿だな、違うよ」
「ごめんね、耕平。ごめんね」
そして美姫は、耕平の頬にキスをした。耕平の頬に残っていた涙の雫を、唇で拭った。
男は、さもしい。浅ましい。妹の生まれ変わりとまで思った美姫に、これほど清らかで純粋な魂を持つ美姫に、耕平はまた、欲情してしまった。ジーンズの奥で、耕平の男が膨らんでくるのを感じる。
耕平はいきなり、美姫の顔を両手で挟んで引き寄せようとする。突然のことに、美姫は呆然とした顔付きになる。
いけない。ここで美姫を押し倒してしまえば、俺は本当にけだものだ。耕平の理性が、そう叫ぶ。
だが、目の前にある美姫の美しい顔。耕平に同情して涙ぐんだ、濡れた瞳。そして、耕平の涙を含んだ、この唇。
耕平は、理性を捨てた。
「好きだ、美姫」
耕平は、美姫の唇を塞いだ。一瞬、美姫の全身が緊張して、耕平の唇を拒むような動きをしたが、やがてその力が抜け、うっとりと目を閉じた。
二人の影は一つとなって倒れ込んでいく。耕平の手が美姫の乳房をつかんだ時、美姫は切なそうな吐息を一つ、洩らした。
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