「お、おい。痛いよ」
飲み友達のAV女優、山中恭子に腕を引かれて、耕平は人気の無い場所に連れてこられた。強く掴まれたが、冗談抜きで痛い。
「美姫ちゃんと、同棲してるらしいわよね」
「え? あ、ああ。まあね」
「まだ作品にも出てない新人相手に、どういうつもりよ?」
「仕事だよ、仕事。また、例の奴を社長に頼まれちゃってさ」
「分かってるわよ、そんなこと。あんたがマネージャーに付いたってことは、そういうことなんでしょ?」
「そうだよ。だからさ、なにも変なことしてる訳じゃないんだ。誤解しないでよ」
「だったら、もう縛ったのよね?」
問い詰められて、耕平が口籠もる。
「どうなの? もしもう縛っちゃったんだったら、もう役目は終わったんだから美姫ちゃんのマネージャーを続ける必要も無いわよね」
「いや、だからその」
「もしまだ縛ってないんだったら」
恭子の顔付きが、一段と険しくなる。
「縛りもしないで、セックスだけやってるんだったら、そんなの、仕事じゃないじゃない! ただの、遊びじゃない!」
「遊びなんかじゃないよ!」
「なら、本気なの?」
また、耕平が口籠もる。本当は、俺は本気だと声を大にして叫びたい。だが、それをして社長に報告でもされると大問題になる。だから、うかつに本音を口に出せない。
だが、恭子は頭のいい女だ。口に出さなくても、耕平の本音など、とうの昔に気付いているに違いない。
それが証拠に、恭子の顔が怒りで歪んでいる。これまで、こんなにストレートに恭子が、耕平に怒りをぶつけてきたことは一度も無かった。
「美姫ちゃんが可哀想じゃない」
恭子は、妙にくぐもった声で呟いた。
「耕平が勝手なことして、みんなに色眼鏡で見られるのは美姫ちゃんなんだよ! この仕事場にも居辛くなるかもしれないし、美姫ちゃんがそんなことになっても、耕平、平気なの?」
「俺が守るよ!」
思わず、大きい声が出た。恭子が、黙った。
「俺が、俺が美姫を守る。必ず俺が、守る」
「だったらそうすればいいじゃない」
やり場の無い怒りが、恭子の中で駆け巡っている。耕平にもそれは分かっているのだが、今はどうしてやることもできない。
「もう知らない。耕平がどうなっても、美姫ちゃんがどうなっても、私、知らないから」
ぷいっと後ろを向くと、恭子はそのまま立ち去った。廊下を回り込んで見えなくなるまで、一度も後ろを振り返らなかった。
「え? あさってですか?」
「そう、あさって。取り敢えず、AVデビューだけは済ませておこうと思ってね」
「はあ」
美姫の突然のAVデビューの話に戸惑っている耕平の耳元に、辻本社長の口が近付いてくる。
「どう? SMの調教の方、うまくいきそう?」
「いや、まだ、なんとも」
「頼りにしてるんだからね。頼むよ、耕ちゃん」
耕平と美姫の関係を知っていて、わざととぼけているのかと疑ったが、どうやら社長はまだ、何も気付いていないようだった。耕平の肩をぽんと叩くと、鼻歌を歌いながら立ち去っていった。
「美姫が、デビュー」
呆然とした表情で、耕平は呟いた。
AV女優を恋人に持つというのはこういうことだと、分かってはいた。自分の恋人が、他の男に抱かれる。それに耐えられなければ、AV女優と付き合ってはいけないのだ。
だが、自分の恋人に嫉妬しない男が居るだろうか。自分の恋人が、他の男に抱かれる。しかも、相手は自分より何倍も多くの女を抱き、自分では及びも付かない性のテクニックを身に付けたプロの男優たちなのだ。そんな男たちに抱かれてなお、美姫の心を自分に繋ぎ止めておける自信が、耕平には無い。
いや、何より美姫を汚してしまうことに、耕平は耐えられない。
奇妙な話だが、女として美姫を抱きながら、耕平は今でも、美姫と死んだ妹をどこかで同一視していた。美姫がセックスを仕事にすることに、耕平は堪らない憤りを感じていた。
そしてとうとう、耕平は心を決めた。
「何よ。何の用なのよ」
耕平に連れ出されて、恭子は迷惑そうな顔をした。この間の諍い以来、恭子は耕平と顔も合わせていなかった。
「恭子に頼みがあるんだ」
「いや。他の人にして」
恭子は本気で嫌がっている。掴んだ腕の力を抜けば、すぐにでも逃げ出しそうな様子だった。
「頼むよ、俺、恭子しか頼む相手、居ないからさ」
「自分に都合の良い時だけ、私を利用しようとして。もう、いや!」
「頼むよ、恭子。きっとこの埋め合わせはするから」
「離してよ。離してったら!」
構わず、耕平は話を続ける。
「俺、美姫と二人で逃げることにしたんだ」
恭子の動きが止まる。驚きのあまりに見開かれた目が、耕平のことを見詰める。
「恭子に、手伝ってほしいんだ。恭子以外に、こういうこと頼める人、居ないから」
恭子の目がまた、怒りに燃えた。だがその怒りはすぐに影を潜め、恭子は拗ねたような顔をして俯いた。
結局恭子は、耕平に押し切られてしまった。
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