「え? 美姫ちゃん、居なくなっちゃったの?」
驚いている辻本社長に、恭子はこくりと頭を縦に振った。
「夜の内に、ふらっと出て行っちゃったみたいなんです」
「そんな、困るよ。今日の13時から撮影の予定なんだから。スタッフだって、みんな集まってるんだから」
「耕平、当てがあるみたいなんです。今、探しに行ってますから」
「当てって、どこよ」
「美姫ちゃん、東京に出てくる前は名古屋に住んでたらしいんです」
「名古屋あ?」
「住所までは分からないらしいんですけど、最近、名古屋に帰りたい帰りたいって言ってたらしいから」
「で、耕平ちゃんも名古屋に行っちゃったの?」
「ええ」
辻本社長は頭を抱えた。
「社長、どうします? 今日の撮影、中止しますか?」
そう問い掛ける社員に、社長は我に返ったような顔になり、
「いや、一応招集を掛けておけ」
「大丈夫なんですか?」
「何もかも、耕平の早とちりかもしれないだろ? ひょこっと、美姫が現れるかもしれないじゃないか」
恭子は黙っていた。黙っていたが、こういう嘘を吐かせたら、耕平は日本一だと、改めて感心する。社長はまさに、耕平の思う壷に填ってしまっている。
「一番怖いのは、社長が警察に捜索願いを出すことだ」
耕平は恭子にそう言った。
「そうなれば、遅かれ早かれ、美姫は警察に保護されて社長の所に戻される。下手をすると、僕は誘拐の罪で捕まってしまう」
「今までだって、いつ強姦罪で捕まるかしれないことしてたじゃないの。なにを今更……」
「僕が捕まったら、美姫が一人切りになってしまう。それが、怖いんだ!」
恭子はまた、不機嫌そうな顔で押し黙る。
「一月、社長に大人しくしてもらう。一月もすれば、社長は忙しい人だ。新人女優だって、どんどん出てくる。美姫のことなど、どうでもよくなってくるに違いない」
「美姫ちゃんのことは忘れても、耕平のことは忘れないんじゃない? 女優の代わりは幾らでも居るけど、耕平の代わりは他に居ないから」
耕平は、ふふっと笑った。自分を蔑むような、悲しげな笑いだった。
「あの人は、そんな情の篤い人じゃないさ」
恭子までグルだとは夢にも思っていない社長は、耕平の嘘を信じた。今日、美姫が現れなくても、耕平が名古屋で美姫を見つけて連れ帰ってくることを期待して、ただ、待っていることだろう。そしてゆっくり、美姫のことを忘れていくのだ。
(耕平、幸せになるのよ)
恭子は、胸の中で耕平にエールを送った。
(私みたいないい女を振っていったんだもの。幸せにならないと、承知しないから)
その時、後ろのドアがギィッと鳴って開いた。振り向いた恭子は、驚きのあまり、顔を引き攣らせた。
「美姫ちゃん!」
恭子の後ろから、社長の歓喜の叫び声が響いた。
「おはようございまぁす」
あっけに取られて立ち尽くしている恭子の目の前を、いつもと変わらぬ笑顔の白百合美姫が通り過ぎていく。
これは一体どういうことなのか? 恭子は混乱した。美姫は、耕平と手に手を取って、今頃は北陸に向かう列車に乗っているはずなのに。
「どこ行ってたんだよ、美姫ちゃん。みんな心配してたんだから。耕平ちゃんなんて、名古屋まで行っちゃったんだから」
矢継ぎ早に話しかけてくる社長に、美姫はただにこにこと笑っているだけだった。恭子は慌ててトイレに駆け込み、そこから耕平に電話を架けた。
「もしもし? あっ! 恭子!」
「耕平? 耕平よね? いったい、どうしたの?」
「大変なんだ! 美姫と、美姫とはぐれちゃったんだ! 僕が切符を買いに行っている間に、一人でふらふらどこかに行ってしまったんだ!」
「落ち着いて聞きなさい。美姫ちゃん、一人で戻ってきたわ」
電話の向こうで耕平が息を呑んでいる気配が、伝わってくる。
「社長は大喜びよ。時間通り撮影を開始するんだって、今、こっちは大忙しだわ」
「そんな、だって、いったいなんでそんなことに……」
「とにかく耕平。戻っておいで。理由はなんとでも付けて。いいわね、すぐに戻ってらっしゃい!」
スタッフに囲まれたベッドの上で、美姫が男優と抱き合っている。美姫は潤んだ瞳で男優の目を見つめ、男優もまた、吸い寄せられるように美姫の瞳を見つめていた。傍目で見ていると、二人はまるで恋人同士のようだった。
「いい雰囲気ですね、監督」
助監督が、辻本社長の耳元でそう囁く。社長も嬉しそうに、頭を縦に動かす。
「本当にあの娘は、なんとも言えない色気があるよね。これで耕平ちゃんがうまくやってくれて、SMができるようになったらすごい写真が撮れるはずだよ」
「また監督。あんな清純そうな娘を虐めてやろうなんて、悪い趣味ですよ」
恭子がはっと振り向く。そこには、真っ青な顔をして撮影を見つめている耕平の顔があった。
美姫は、男優のペニスを咥えて、ぺちゃぺちゃ音を立てている。男優もまた、美姫の股間に顔を埋めて、ぺちゃぺちゃいやらしい音を立てている。
「ああんっ!」
ついに男優のテクニックに負けたということだろう。美姫は咥えていたペニスを離すと、切なげに身を震わせた。
「うわあ、すごい、すごい。美姫ちゃん、大した色気ですよ」
「初めてなのに、カメラもスタッフもまるで意識していないみたいだなあ。大した貫禄だよ。いや、この娘は絶対、大女優になる」
「本当ですよね」
素早くコンドームを装着した男優が、美姫を貫く。あああっ、と切羽詰まった声を上げて、美姫の体が仰け反る。
そしてまた、美姫と男優は見つめ合った。
男優は、力強いストロークで美姫の股間を突き刺しながら、美姫の瞳を見つめている。美姫もまた、込み上げてくる快感に負けそうになりながら、必死で男優の視線を受け止めている。
そんな二人を、耕平は睨み付けるようにして見ていた。拳がぶるぶると震えている。愛した女が他の男に抱かれ、しかも感じている様を見せつけられている屈辱感が、耕平の心を焦がしているのだ。
そんな耕平の視線を感じたのか、一瞬、美姫の顔が耕平の方を向いた。そしてはっきり、耕平と視線を合わせた。
だがすぐに、視線は男優の方に戻った。耕平に対して、何の感情も動いていない様子だった。
「は、ああっ!」
突き上げてきた快感に、また、美姫の背中が反り返る。美姫の唇を求めて男優が顔を近付けていくと、美姫はうっとりと目を閉じて、唇を重ねるのだった。
「耕平」
なにか言って慰めてやろうと声を掛けた恭子だったが、それ以上話しかけることはできなかった。耕平の頬に、涙が一筋伝っていることに気が付いたからだ。
「……耕平」
恭子の言葉もまったく聞こえない様子で、耕平は、美姫と男優の濡れ場を食い入るように見つめていた。
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