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「準備中」の札の掛かっているカラオケ店のドアを開けると、ちょっと不安そうな顔をした男が立っている。男は、入ってきたのが耕平だと確認すると、いてきた美姫を急いで中に入れさせ、入り口の鍵を掛けた。
「悪いな、無理を言って」
「それは良いけど、本当に大丈夫なんだろうな? 警察沙汰になるようなことにはならないだろうな?」
「大丈夫だよ。で?」
「こっちの奥の部屋だ。案内するよ」
 耕平と美姫は、黙って男の後に従っていく。
 男はこのカラオケ店の経営者だった。定休日を使って、店の中の一部の機材を新しい台に入れ替えるという話を聞いた耕平は、旧い機材を運び出してから新しい機材を搬入する間、一室を貸してほしいと頼み込んだのだ。
 なぜ機械の無い間でないといけないかと言うと、耕平はその部屋の中で嫌がる美姫を無理矢理縛り上げ、SMを調教してしまおうと思っていたからだ。カラオケ・ルームであれば防音がしっかりしているのでいくら騒がれても声が近所に洩れる心配は無い。だが、暴れて逃げ回る美姫が機械を壊してしまう可能性もあるので、機材入れ替えの行われる部屋を指定したのだ。
 最初、その話を聞いた店長は、うんとは言わなかった。どう考えてもそれは、犯罪と思えたからだ。耕平は必死で頼み込んで、ようやく許しを得ることができたのだ。
 店長が案内してくれたのは、十畳くらいの広い部屋だった。ステージに置いてあるはずのカラオケ機材が運び出されているので、部屋はますます広く感じられる。
「じゃ、俺はしばらく出ているから」
「ああ」
「カメラでモニターしているから、まずいと思ったらすぐに、警察に通報するからな」
「大丈夫だよ」
「本当に、頼むぜ」
 まだ心配げな店長が、不安げな表情で出て行く。美姫は、ラブ・ホテルかなにかに連れ込まれた気分でいるのだろう。気恥ずかしげに耕平の胸に顔を埋め、そっと両手を背中に回してくる。
 耕平は、その顔を持ち上げさせ、キスをする。美姫はうっとりと目を閉じる。
 再び目を開けた、美姫の顔が引き攣る。耕平の手に、麻縄が握られていることに気が付いたのだ。
「いやああっ!」
 けたたましい悲鳴を上げて、美姫は飛んで逃げた。耕平は構わず、テーブルの上に縄の束を並べ、その中の一つを解いてきゅっきゅっとしごく。
 準備の出来た耕平が近付いていくと、美姫は部屋の隅で身を縮めて、がたがたと震えている。目には一杯の涙を溜めて、両腕は胸を庇うように、我が身を固く抱いている。
 その美姫の片手を、耕平は乱暴に引き離す。美姫の悲鳴が、また一段と高くなる。
「なぜだ」
 耕平が問い掛ける声も、美姫にはまるで聞こえていない。血管が切れてしまうのではないかと思うほど、美姫はけたたましい声を上げ続ける。
 いつしか、耕平の目にも涙が滲んでくる。号泣する美姫と、啜り泣く耕平の二人が、カラオケ・ルームの部屋の隅で組んず解れつ、揉み合っている。
「なぜだ、美姫。なぜなんだ」
 耕平が、掴んだ片手をぐっと捩る。美姫の顔が、床に押し付けられる。一度は弱まりかけていた美姫の号泣が、また一段と高まる。大粒の涙が、フロアーの床にぽたぽたと落ちる。
「なぜ、なぜお前は」
 背中で両手を揃えさせた耕平は、美姫を高手小手に縛り上げていく。相変わらず激しく号泣し続けている美姫だったが、背中で揃えられた両手は行儀良く、耕平のされるがままになっている。
「なぜお前は、ドアに向かって逃げないんだ。どうしていつも、こんな袋小路に俺を誘うんだ」
 そして耕平は、美姫の髪をぐっと鷲掴みにすると、乱暴に顔を上げさせる。あっと悲鳴を上げて、美姫の鳴き声が止まる。ねじ上げられた顔に、恍惚としたものが滲む。
「サディストは、嫌がり逃げ回る女を追い回して縛った方が昂奮するものだと、誰かがお前にそう教えたのか? どうなんだ、美姫! どうなんだ!」
 無理矢理持ち上げられた顔を、耕平の方に向ける。その目は哀しげで、あたかも耕平の許しを乞うているようにも見えた。
 そしてその目は、ぞっとするほど美しかった。もう騙されないと誓った耕平の心がぐらぐら揺らぐほどに、美しかった。
「美姫!」
 耕平はキスをする。これまで自分がどれほどの情熱をもって美姫を愛したか、あの初撮影の日、美姫に裏切られた自分がどんなに傷付けられたのか、そしてそんな仕打ちを受けた後も、自分がどれほど美姫のことを愛しているのか、そういった万感の思いを込めた、荒々しいキスだった。長い長いキスの間に、美姫は何度も耕平の唇から逃れようとした。耕平はそれを許さない。まるでそのまま美姫を窒息死させてしまうつもりであるかのように、いつまでもいつまでも、美姫の口を吸い続けていた。
「あ、あはあっ!」
 ようやく耕平の接吻から逃れた美姫が、切なげな吐息を洩らす。ぐったりと体を横たえた美姫の服の胸元を、耕平がくつろげていく。乳房が露わにされる度に、美姫の体は小さく震えるが、それ以上の抵抗はしない。
「本当だ。縛られてしまったら、おとなしくなっちゃった」
 耕平の後ろから声がした。去っていったはずのカラオケ店長が、ドアの隙間から中を窺っている。
「この娘は、AV女優としては天才だ。どんな時にどんな顔をすれば男心をそそるのか、本能的に知っている」
「へえ、SMの時だけじゃなく、普通のセックスの時もそうなんだ」
「美姫の手管にかかれば、大抵の男はメロメロにされる」
「耕平も、そうだったのかい?」
 耕平の顔が苦痛に歪む。
「へえ、耕平でもそうなんだ」
 これまでの経緯を知らない店長は、さらっと残酷なことを言い、そしてあっさり話を打ち切ってしまった。耕平は、乱暴に美姫の下半身の衣類を剥ぎ取る。美姫はまた、ああっと小さく呻いた。
 こくっと、店長が生唾を呑む音がする。
「声や顔だけじゃなく、体も色っぽい娘だな。俺もなんだか、メロメロになっちゃいそうだ」
 耕平は、美姫の両脚を大開脚の形で固定した。美姫は、股間をさらけ出した形で身動き取れなくなった。辛そうに眉間に皺を寄せながら、美姫がいやいやをする。
「どうだ、こんな恥ずかしい格好で縛られた感想は。美姫、なんとか言ってみろ」
 耕平の言葉に、美姫が微かに反応する。
「ああ、お願い」
「お、お願いって、なんだ?」
 男心をとろけさせる、魔性の瞳が耕平を串刺しにする。見つめられた耕平だけでなく、隣に並んでいる店長までもが催眠術に掛かったように立ち尽くしている。
 美姫は甘い吐息を吐きながら、切なそうに目を閉じた。そして恥ずかしそうに顔を背けながら、蚊の鳴くような声で囁いた。
「犯して」

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