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 耕平の行きつけの炉辺焼き屋で、キューティー水野と酒を飲む。水野はしおらしくコップを傾けているが、飲んでいるのはウィスキーのオン・ザ・ロックだ。さすがに身体を鍛えているだけあって、肝臓も丈夫らしい。しおらしい仕草で、ウォッカでも、バーボンでも、すまして飲んでしまう。
「ねえ、水野さん、どうしてAVに出ることにしたんですか?」
「え? それは、社長さんが、声を掛けて下さったから」
「でも、断ることもできたわけじゃないですか。水野さんみたいに知名度があって美人だったら、普通に芸能界デビューなんてのも可能だったわけでしょ?」
「そうですね。実は、そういうお話もあったんです」
「それを断って、AV選んだんですか? 普通、芸能界選びますよ」
「そうですよね」
「結構多いんですよ、AV女優さんで。この業界で人気者になって、そこから芸能界デビュー狙ってる娘が。最初から芸能界に行けたら、この業界には来なかったって娘が」
「きっと、女になってみたかったんだと思います」
「女?」
「プロレスって、女じゃできないんですよ。男にならないとね。蟹股で足を踏ん張って、野太い声で気合入れて。そんなことを、ずっと続けてきたんです」
 そして、ウイスキーを一口、口に含む。
「でも、女に戻りたい時って、あるんですよね。男の人の胸に凭れて、甘えていたい時が」
 耕平の頭の中で、何かがスパークした。キューティー水野の中に、付け込む隙を見つけた気がした。
「今、芸能界デビューしても、ずっと元女子プロレスラーじゃないですか。同じ芸能界デビューするにしても、その前に、女に戻りたかったんですよね」
「でも、AVに出ちゃったことで、もうお誘いが来なくなるかもしれないよ」
「それならそれで、いいんですよ。別に、芸能界を目指してきた訳じゃないですから」
 そう言って、キューティー水野はにっこり微笑んだ。こうして見てると、本当に可愛い。とても、元プロレスラーとは思えない。
「おい、おっさん。可愛い娘連れてるじゃん」
「不倫じゃないの? 駄目よう」
 突然、たちの悪そうな若者四人に囲まれた。まだそれほど年が離れていないはずなのに、おっさん呼ばわりされてムッとする。俺は、そんなにふけて見えるのだろうか?
「君たち、ちょっと止めてくれないかな。僕らは別に、そんなんじゃないから」
「僕らぁ? 気持ち悪いんだよ、おっさん」
「そんなんじゃないんだったら、お姉ちゃん、俺たちと遊ぼうよ」
「こんな冴えないおっさんと居るより、ずっと楽しいよ」
 男たちは、じわじわとキューティー水野を囲み始める。耕作は慌てた。ここで何かあったら、社長に合わせる顔が無い。必死で立ち上がると、男たちの間に割り込んでいく。
「ね、ね、君たち、今日のところは、勘弁してくれないかなあ」
「なんだよ、親父。邪魔すんなよ!」
「お前には用無いんだよ、引っ込んでろよ!」
「み、水野さん、逃げて。早く、逃げて。あっ!」
 誰かに、顎を殴られた。転倒した拍子に、肘を強く打った。ううっと唸りながら、耕平は蹲る。
「だせえんだよ、親父」
「すっこんでろよ」
「じゃ、お姉ちゃん、俺の車で、ドライブしようか」
 男の一人が、キューティー水野の肩を抱く。余った片手で、水野のおっぱいをもみもみと揉む。
 水野の身体が、少し揺れた。そのとたん、肩を抱いていた男はぐえっと声を上げて、股間を押さえて座り込む。
 水野は立ち上がると、男の髪をむんずと掴み、引き上げた。
「ウリャァ!」
 男の頭を、蹴り上げた膝の上に叩き付ける。男はぶっと鼻血の血しぶきを上げて倒れ込む。
「こ、この野郎!」
 すぐ横に居た男が、水野に殴りかかろうとして拳を上げた。
「セイ!」
 振り上げた拳を下ろす暇も無い。水野の膝蹴りが奇麗に決まる。体重を掛けていたはずの軸足が、浮く。耕平は、男の全体重が膝に掛かって、浮き上がる瞬間をしっかりと見た。次の瞬間、男は膝を抱えて、泣き叫びながら床を転げ回った。
 続いて水野は、呆然として立ちつくしている男の首を掴み、くるりと身体を反転させた。
「シャッ!」
 水野の首投げが鮮やかに決まる。受身を取り損ねた男は、目を白黒させながら身体を痙攣させているが、息の吸い方を忘れてしまったようで、一向に空気が、肺に入ってこない様子だった。
「こ、この野郎!」
 残った一人が、目に付いたビール瓶を掴むと、テーブルにぶつけて叩き割る。だが、凶器と化したビール瓶を振り上げるよりも前に、水野の拳が顔面に炸裂した。
「い、痛え!」
 人差し指と中指の関節が目潰しになっていたらしく、男は顔を覆って蹌踉よろける。
 水野は、男の髪を両側から掴む。そして、頭を後ろに反らせる。
 あの、キューティーな水野の顔が、鬼に変わっていた。
「ディャア!」
 両手で男の頭を引きつけながら、水野の頭突きがまともに入る。男の体が反転して、ふらふらと倒れ込む。倒れる前から、明らかに男は意識を無くしていた。
「いいぞ、姉ちゃん!」
「日本一!」
 居酒屋に居合わせた客たちは皆、水野の鮮やかな闘いっぷりに感心してスタンディング・オベイションで賞賛した。水野は、まだへたり込んでいる耕平に近付き、声を掛けた。
「大丈夫ですか? 岸田さん」
「あ、ああ」
「岸田さん、私を庇おうなんて、十年早いですよ」
「おっ」
「え?」
「女に、戻って、ないじゃないか」
 キューティー水野はにっこりと笑って、耕平の膝の埃を払い落とし、そして立たせてくれた。耕平はただ呆然として、床に倒れている男たちを見詰めていた。

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