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「優奈ちゃんって、新聞読むんだ」
 初めて本郷優奈に付いた日、耕平は感心したように言った。
「読みますよ。耕平さんは読まないんですか?」
「読むよ」
「だったら同じじゃないですか」
 優奈ちゃんが、おかしそうに笑う。
 確かに、新聞は読む。ただし、スポーツ新聞と競馬新聞だけだ。優奈ちゃんが今読んでいるような、一般紙は読まない。テレビの番組はそれ専門の情報誌を買っているし、一般紙を買う必要を感じないのだ。
 しかも優奈ちゃんは、分厚い新聞を隅々まで読む。一面の記事から順番に、まるで本でも読むように丁寧に、右上の記事から一つ一つ読んでいく。
(頭良いんだよなあ)
 耕平は思わず溜息を吐く。
「優奈ちゃん、法律、詳しい?」
「なんですか? 急に」
「いや、ちょっと訊いてみただけ」
「詳しいですよ」
 優奈ちゃんはさらりと返事をする。
「私、一応法学部ですから」
 耕平はびっくりしない。無知な耕平は、東大がすごい大学だという知識は持っているが、東大法学部が東大の中でも一番すごいのだという知識は無い。
 ただ、法学部は法律の勉強をしているところだということは分かる。ということは、当然、法律の知識は深い訳だ。
「ねえ、女の子を無理矢理縛っちゃってさ、悪戯したりすると、やっぱり罪になるよね」
「強制猥褻は6か月以上10年以下の懲役、強姦は3年以上の有期懲役、集団強姦は4年以上の有期懲役になります」
「あ、ごめんなさい」
 思わず謝ってしまった。なんだか、優奈ちゃんに過去の悪行を断罪されているような気がしたのだ。
「ただし、親告罪ですけどね」
「なに? シンコクザイって?」
「強姦された女の子が、自分で私は犯されましたって警察に訴えないと、罪にならないんです」
「ふうん、そうなんだ」
 ということは、今までのは罪にならない。これまで耕平が落としてきた女の子はみんな、今も耕平と付き合いがある。少なくとも、現時点で耕平を訴えそうな子は、一人も居ない。
(でも)
 目の前に居る、小柄で可愛い女の子、それでいて、利発そうな目付きで新聞の隅々にまで目を通している女の子を見ながら、思う。
(この娘は訴えるよなあ)
 法律を専門に勉強していた娘なんだ。耕平が罪を犯して優奈ちゃんに変なことをすれば、迷わず警察に訴えていくに違いない。
 現に今、強姦は自分から訴えないと罪にならないと言った時の優奈ちゃんの目が、怒っていた。レイプなんてする奴は、訴えても訴えなくても、さっさと刑務所にぶちこんじゃえという目をしていた。
(ああ、もし俺がどの娘かに訴えられて警察の厄介になるとすると、それはこの娘だろうなあ)
 耕平は、塩を掛けた青菜のようにしゅんとなる。
「それにしてもいいよなあ。優奈ちゃんは頭が良くて。俺なんて、勉強、大嫌いだもんなあ」
「私も勉強は嫌いですよ」
「だって、東大入ってるじゃん」
「耕平さん、スポーツは好きですか?」
「スポーツ? スポーツは好きだよ。俺、高校時代、野球部に居たの。結構、うまかったんだぜ」
「そうですか。野球が好きだったんですよね。だったら、スポーツは好きですね」
「大好きだね」
「でももし、好きな野球ばっかりしてちゃ駄目だよ。スポーツするなら、柔道とか、ダンスとか、ヨガとか、重量上げとか、満遍なくしとかないといけないよと言われて、全部やらされたら、どうです?」
「ダンス? ヨガ? 重量上げ?」
「絶対にさせられるんです。それをしないと、スポーツが得意だとか、スポーツが好きだとか、言えないんです。そんなことを強制されても、スポーツが好きでいられますか」
「いやあ、ダンスとかヨガとか、重量上げとかはしたくないなあ」
「しかも、全部の種目で、トップ・クラスの実力を身に付けなければならないんです。そんな運動、やってみたいですか」
「いや、やりたくない」
「東大に入るというのは、そういうことです。本当に勉強が好きな人は、好きな科目の勉強だけして私学に行きます。」
「はあ」
「大体、東大生が勉強好きの学者馬鹿みたいな人間だったら、政界とか、財界とか、そんな人間を欲しがる訳ないじゃないですか。東大生が評価されるのは、嫌いな勉強も言われれば一所懸命にする素直さと、嫌いな勉強でトップも取れる真面目さが評価されるんです。私も勉強は嫌いだし、私の同級生で勉強好きな人は一人も居ませんでした」
「はあ」
「東大生になるって、そういうことです」
 いきなり、雄弁に語り出した優奈ちゃんに、耕平は呆然とした。どうやら優奈ちゃんは、勉強好きと言われるのが大嫌いみたいだ。
 それにしても、耕平が反論できないような論理の展開でぐんぐん話を進めていく頭の回転の速さは並ではない。やはりこの娘は、すごく頭がいい。
 もしこんな娘を無理矢理縛って悪戯したら、
(やはり、訴えられるよなあ)
 耕平は、泣きたくなってきた。今回の仕事を始める前に、一度里帰りをして親の顔を見ておこうなどと思っていた。

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