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「え? 縄師の卵なの?」
 優奈ちゃんは、驚いたような顔で耕平を見詰めた。耕平は、黙ってこくりと頷いた。
「縄師になりたくて、この業界に入ったんだ。まだ緊縛でお金を稼ぐことはできていないけど、縛りの練習は結構させてもらえたな」
「ふうん」
「親父の持ってたエロ・ビデオで、緊縛の世界を知ってね。それで、すっかり虜になっちゃったんだ」
「彼女なんかも、縛っちゃうの?」
「え? いや、俺、彼女居ないから」
「ふうん」
「優奈ちゃんは、あれ? SかMかというと、どっち?」
 よくある質問で切り込んでいった。ノーマルという選択肢が無いところがミソである。SかMか、どちらかの選択肢を選んでくれれば、その時点で、話は少し進んでいる。
「Mだね。間違い無く」
 優奈ちゃんはあっさり、それも期待した以上にはっきり、自分がMだと認めてくれた。最初の一歩、OK。
「確か優奈ちゃん、SMはNGだったよね」
 優奈ちゃんは、黙ってこくりと頷く。可愛い。とても、東大出のエリートとは思えない、この愛苦しさ。思わず抱き締めてしまいたくなる。
「この業界にいる間に、一度だけ試してみようかななんて思わなかった?」
「ううん、思わない」
「どうして?」
「だって、SMの味覚えて、癖になっちゃったら困るじゃない」
 やった! 内心耕平は小躍りした。
 癖になったら困るというのは、優奈ちゃんの頭の中にかなり具体的に自分が虐められて悶えているイメージがはっきり浮かんでいるから出てくる言葉である。私はMだという言葉を女の子が口にするのは、結構簡単なのだが、癖になるというのは、かなり意味深な言葉なのだ。
「そうか、癖になるのが怖いのか」
「うん、そうなの」
「でも、仕事でSMやって、癖になることってあまり無いと思うよ」
 嘘である。この仕事で初めて縛られて、SMの味を覚えてしまう女優は結構たくさん居る。中には、引退してからもSMから離れられず、その手の風俗の世界に身を投じていったりもする。
 だが、そこはやはり口八丁の耕平である。今回は正直にと言いながら、やはり要所要所で言葉の罠を仕掛けてしまう。
「へえ、そうなの」
 優奈ちゃんが、意外そうな顔で言う。
「そうだよ。仕事で、一々本気になってたら身が保たないじゃない」
「まあ、そうだね」
「試してみる?」
「え? 何を?」
「緊縛」
 どう返事をしたらいいのか分からないという様子で、優奈ちゃんはぽかんとしている。
「優奈ちゃんも、もうプロのAV女優なんだからさ。仕事の幅はなるべく広くしといた方がいいよ」
「それは、そうなんだろうけど……」
「一遍縛られてみたら分かるよ。なんだ、こんなものなのかって。こんなんで、癖になる訳無いなあって」
「ううん」
「一番、基本的な縛りだけ、試してみなよ。」
「でも、やっぱりやめとく」
「え? なんで?」
「私、きっと、けっこうMっ気強い方だと思うんだよね。他の人なら癖にならなくても、私はちょっと危ないから」
 優奈ちゃんは、さらに過激な発言をする。耕平は、心の中で舌舐めずりをした。
「この業界、Mっ気の強い子はいくらでも居るよ。でも、癖になった子なんて居ないんだから」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、そのことを自分で試してごらんよ。一番、納得できると思うから」
「ううん」
「あっ! そうだ。一つ、言い忘れてた」
「なにを?」
「普通SM系の風俗って、ルールがあるんだよ。女の子が『お許し下さい』って言ったら、今やってる責めはやめなきゃいけないの」
「へえ」
「だから、女の子も、安心してお客さんに縛られるんだよね」
「そうなの」
「でも俺、女の子に『お許し下さい』って言われるのも好きなのね。だから、俺が楽しむ時の合言葉は、『お許し下さい』じゃなくて、『ご主人様、お許し下さい』って言ってもらってるの」
「ふうん」
「ただ、『お許し下さい』じゃ駄目なの。『お許し下さいご主人様』でも駄目。『ご主人様、お許し下さい』じゃないと駄目なのね。ちょっと、言ってみてくれる?」
「え? 私が言うの?」
「試しにね。早く言ってみて」
「ご主人様、お許しください」
 これは、耕平が日頃使っている、調教の第一歩のテクニックだった。女の子に「ご主人様」という言葉を一度、口にさせる。そのためのやりとりだった。
「そう、優奈ちゃんがそのフレーズを口にしたら、どんな時でも、俺は今やってるプレーを中断しなければいけないんだ。だから、縛られていても、優奈ちゃんに無理矢理いやなことするなんてこと、できない訳。どう? これなら安心でしょ?」
「ううん」
「優奈ちゃん、絶対試しておいた方がいいよ。プロなんだからさ」
 プロという言葉が、優奈ちゃんの反論を封じ込める。
「さあ、後ろ向いて。腕を背中で組んで」
「耕平さん、本当に、ひどいことはしないのね」
「うん、しない」
「『ご主人様、お許し下さい』って言ったら、絶対にプレイを中断してくれるのね」
「約束するから」
「絶対だよ」
「ほら、早く!」
 優奈ちゃんはまだ迷っている様子だったが、やがて渋々と後ろを向き、腕を組んだ。
(やった!)
 耕平は、背中に組まれた優奈ちゃんの細い両腕を眺めながら、心の中で歓声を上げた。
 とにかく、縛ってしまえばこっちのものだ。

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