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「駄目です。本当に無理なんです」
 奈々美は縋るような目付きで耕平に哀願する。だが耕平は許さない。
「大げさじゃない? これ位、そんな大したことじゃないよ、普通。」
「私は駄目なんです。本当に駄目なんです」
「本当に駄目かどうか、試してみなければ分からないじゃないか」
 どんな酷いことをしようとしているかと思うかもしれない。でも実はそんな大したことではない。遊園地の絶叫マシンに乗ろうという話なのである。
 耕平は奈々美を遊園地に誘い、なんとか絶叫マシンに乗せようとする。奈々美は乗せないでと、涙ながらに哀願するのである。
 耕平は絶叫マシンのことをマゾヒスト判別マシンと呼んでいる。絶叫マシンが好きな人間はマゾだと、耕平は考えているのだ。
 体を振り回される浮遊感。身を投げ出されてしまいそうな恐怖感。それを楽しい、面白いと感じる感覚は、マゾヒズムに繋がる。たとえ今はSMに興味が無い人間でも、絶叫マシンが好きならば調教次第で幾らでもマゾに育てることができる。それが耕平の持論だった。
 そして、大抵の女の子は絶叫マシンが好きだ。だから耕平は、たいていの女の子はマゾに調教可能と考えている。
 今日、奈々美を遊園地に誘ったのも、彼女の中のマゾヒスティックな一面を確認したかったからだ。一見臆病な奈々美だが、意外に絶叫マシン大好き人間かもしれない。そうであれば、耕平にもいくらでもやり様がある。その確信を掴むためにも、耕平は絶叫マシンを楽しむ奈々美を見たかったのだ。
 今のところ、菜々美は本気で絶叫マシンを嫌がっているように見える。だが、話の様子では、乗ったこと自体一度も無いということだった。
(乗ってみたら、意外に楽しかったってこともある)
 耕平は、その可能性に賭けていた。
「耕平さんも、一緒に乗ってくれるんですか?」
「え? 僕?」
 とうとう根負けした菜々美が最後に言った言葉に、耕平の顔が強張った。
 実は、耕平自身、絶叫マシンが大の苦手だったのだ。わざわざ金を払って怖い目をするなんて、絶叫マシンに乗る人間の気がしれないと、常々そう思っている。
 だから今回も、菜々美だけ乗せて自分は下で観察しているつもりだった。
 だが、あれほど嫌がっていた奈々美がどうやら諦めて乗る気になりかけているのである。ここで自分が尻込みしていては、せっかくやる気になりかけている奈々美がまた愚図り始めるかもしれない。
 ええい、仕方が無いと、耕平は腹を決めた。
「ああ。当たり前だろ、そんなこと」
 ならば仕方が無いと、菜々美は渋々頭を縦に振った。耕平も、覚悟を決めた。
 
「わああああっ!」
 絶叫しているのは、耕平の方だった。乗ったのは、普通のジェット・コースター。いや、普通じゃない。とんでもない高さから直滑降で下りていく。急カーブで、体が右や左に振れる。途中、体が二回転も三回転もする。こんなもの、人間の乗るものじゃない、と、耕平は思った。
 だが、怖がってばかりもいられない。耕平は恐怖と戦いながら、隣りに座っている奈々美を見た。
 そして絶望した。
 菜々美は完全に固まってしまっていた。目は恐怖で見開かれ、涙さえ滲ませている。手摺りに掴まっている手がぶるぶると震えているが、これは怖くて震えているのではない。手摺りにしがみ付いている手に力が入り過ぎているせいだ。
(駄目だ、これは)
 奈々美の様子は、とても恐怖感を楽しんでいるようには見えない。とにかく、あまりに強張り過ぎて、声も出ない様子なのだ。横に耕平が乗っていることさえ、考えられない状態なんではないだろうか。
 やがて、耕平も恐怖の限界が来た。耕平自身、声も出せない、隣りの奈々美のことなど考える余裕も無い状態に陥っていった。
 周りの楽しそうな悲鳴を聞きながら、耕平と奈々美は石のように強張りながら、恐怖の時間が早く過ぎ去ることだけを祈り続けていた。

「大丈夫? 奈々美ちゃん」
 降りてからも涙が止まらず、出口近くのベンチに座り込んで泣き続けている奈々美を、耕平が慰める。と、菜々美の目が、きっと耕平を睨み付ける。耕平は、思わずたじろぐ。
 菜々美は怒っていた。瞳が火のように燃えていた。
 あれほど嫌だと言ったのに、私を無理矢理乗せて、こんな酷い目に遭わせて、あなたはいったい、私に何の恨みがあるのです。菜々美の目は、耕平に対してそう語っているように思えた。
「あ、奈々美ちゃん」
 突然立ち上がって去っていこうとする奈々美を、耕平は必死に追いかけた。
「奈々美ちゃん。待ってよ、奈々美ちゃん」
 いくら声を掛けても、奈々美は聞こえない振りで歩いていく。後を追いながら謝り続ける耕平の、なんと哀れなこと。
 結局その日、菜々美は最後まで耕平と口を利いてくれなかった。いや、それから何日も、菜々美は耕平に不信の態度を崩さなかった。
 耕平の前途は多難であった。

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