「どうした? もっと飲めよ」
摩耶女王様に勧められて、耕平はグラスを空けた。
ここは辻本社長のオフィスの中に用意された、SM用のスタジオである。広さはそんなに広くないが、吊り台も設置されており、一通りの責め具は準備されている。
このスタジオで撮影されているビデオの半数近くが、摩耶女王様出演のDVDである。そんなこともあって、このスタジオを摩耶女王様は自分の部屋のように使っている。撮影に関係無く、女の子を調教するのに使ったりしていた。今日も女王様は、スタジオに酒と珍味の類いを持ち込んで、耕平と酒宴を始めたのだった。
さっきから耕平は相当の量の酒を飲まされているのだが、ちっとも酔えない。これからのことを考えると、酔うに酔えないというのが正直なところだった。
なにしろ耕平は、この女王様をマゾ女に調教しなければならないのだ。耕平よりも、はるかにSM歴の長いこの人を。
しかも、これから耕平が何をしようとしているのか、この女王様はちゃんと知っている。
今まで耕平は、単なるマネージャーの振りをして相手に近付き、相手を観察し、綿密な計画を練った後、だますようにして相手をプレイの中に巻き込み、調教してきた。
その中には、いったいどうすればいいのか、途方に暮れるケースもいくつかあった。そんな時、耕平は、秘密を守ってくれるような相手を選んで、相談したりすることがあった。
そんな相談相手の一人が、摩耶女王様だったのだ。
したがって、摩耶女王様は耕平の手の内のほとんどをすでに知っている。耕平がマネージャーに付くと聞いた時点で、今回の耕平のターゲットが自分であることに気付いているはずなのだ。
落としの仕事を何度も引き受けてきたが、自分の素性が最初からばれているというのは初めてのことだった。そのことだけでも、耕平はどうしていいやら、分からなくなってしまうのだった。
「それにしても、長生きはするものだね」
ブランデーをロックで何杯も空けている摩耶女王様は、少し頬を赤く染めながら、耕平にそう言ってきた。
「耕平の調教を、私が受けることになるとはね」
「あ、いや、それは、その」
「言っておくけども、私は手強いよ。覚悟しておきな」
「は、はい。それは、もう」
「耕平、縛ってみな」
「え? ええ?」
「私を縛ってみなと言っているんだよ」
そう言うと、摩耶女王様はくるりと後ろを向いた。両手を背中で一つに揃えて、耕平の縄を待っている。
耕平は呆然とした。これまで摩耶女王様に緊縛を教えられたことは何度もあったが、摩耶女王様自身を縛ったことなど一度も無かったのだ。
「何してるんだよ、さっさとしな!」
「は、はい!」
怒鳴られて、耕平は慌てて立ち上がる。壁に掛けてある麻縄の束を取り上げると、摩耶女王様を高手小手に縛っていった。
「そのまま吊り上げてみな」
「は、はい」
言われるままに耕平は、摩耶女王様を水平吊りに吊り上げた。うつむいた姿勢で、摩耶女王様の体が宙を舞う。
「生ぬるいね、耕平。もっときつく責めるんだよ」
「は、はい!」
慌てて耕平は、両脚を高く吊り上げ直した。摩耶女王様の体が〈ruby〉鯱〈rt〉しゃちほこ〈/rt〉〈/ruby>吊りに吊り上げられる。さすがに女王様の、ちょっと苦しそうに呻き声を洩らした。
「うまくなったじゃないか、耕平」
「は、はい。ありがとうございます」
「ただし、左右の脚のバランスが悪い。この状態だと右脚に加重が掛かり過ぎっる。直しな」
「は、はい」
「そうだよ、よくなった。この感じを、忘れるんじゃないよ」
「は、はい」
「もういい。下ろしな」
言われた通りに耕平は摩耶女王様の体を下ろし、高手小手の縄を解いた。女王様は少し残った縄痕を撫で擦り、大きく伸びをした。
「ああ、大酒飲んだ後に逆さ吊りにされると、さすがに酔いが回るね」
「あ、そうでしょうね」
「耕平、腕を上げたじゃないか」
「は、はい。ありがとうございます」
「後は、調教の腕がどうかだね」
言われて耕平、ドキッとする。自分がこの摩耶女王様を調教しなければならないことを思い出したからだ。
摩耶女王様は耕平の体を優しく抱きしめて、そして耳元で囁いた。
「お手柔らかに頼むよ、ご、しゅ、じ、ん、さ、ま」
「ああ、あ」
なんと答えてよいか分からずに口籠もっている耕平に向かって余裕の笑みを浮かべながら、間や女王様は出て行ってしまった。
耕平はドッカと椅子の上にへたり込み、がっくりと肩を落とした。
「だ、駄目だ」
耕平のきつい吊りを受けながら平然としている摩耶女王様に、耕平は今さらながら、今回の落としの難しさを思い知らされた。
これまでの相手は、ほとんど本格的な緊縛やSMの経験が無い相手ばかりだった。したがって、そういったプレイを素直に受け入れさせることで、落とすことができた。
摩耶女王様は、その程度のことはすでに経験している。緊縛も吊りも、鞭も蝋燭も、一通りのプレイはすでに体で知っている人なのだ。
もし、どんなプレイを仕掛けていっても今日のように平然とされていたら、耕平はどうしたらいいのだろう。
「ああ、どうしよう」
耕平は本気で頭を抱えた。さっきまでの酒の酔いが一気に回ってきて、部屋の中がグルグル回り始めた。
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