「で? 急に何の用なの?」
琴美女王様は、前に並んで立っている耕平と恭子に向かって、面倒臭そうに言った。
琴美女王様は摩耶女王様と昔馴染みである。同じSMクラブで女王様として働き、辻本社長に見初められて二人一緒にこの会社に引き抜かれたのだ。そんな事情があって、琴美女王様と摩耶女王様は大の仲良しなのである。
ただ、見た目の印象はだいぶ違う。摩耶女王様はほっそりした体型で、確かにM女と言われても信じられるくらいに体付きが華奢である。
対して琴美女王様は女子プロレスラー顔負けに筋肉質の体をしている。今回、辻本社長が琴美女王様ではなく摩耶女王様を選んだのは、それなりに理由があるのだ。
「あの、摩耶女王様について、お聞きしたいなと思って」
「摩耶のこと? 急にいったい、何なんだよ」
怪訝そうな顔をする琴美女王様にたじろぎもせず、恭子は琴美女王様の目をまっすぐ見据えていた。
耕平と恭子は、腐れ縁のような友達である。耕平がマネージャーと称して落し屋をしていることを知っている、数少ない女性の理解者だった。今回、摩耶女王様をどう落としてよいやらさっぱり分からないで苦しんでいる耕平を見て、琴美女王様の話を聞いてみようと言い出したのは恭子だった。
恭子の肘が、耕平の脇腹を突っつく。
「耕平、正直に話してみたら?」
「え? 正直にって?」
「大丈夫だよ。琴美さん、口は堅いから。秘密はちゃんと守ってくれるよ」
何本かのビデオで、恭子は琴美女王様の責めを受けている。かなり巧みな責めをしてもらっているようで、恭子は琴美女王様のことを秘かに慕っているようだった。
その恭子が保証しているのだ。耕平はその言葉を信じて、自分の秘密を打ち明けた。辻本社長に命じられて、落とし屋をしていること、もう、過去に何人もの女優をSM作品デビューさせてきたこと。
最後に、今度のターゲットが摩耶女王様であること、耕平は摩耶女王様をマゾヒズムに目覚めさせなければならないことまで話すと、琴美女王様は声を上げて笑い出した。
「それは随分と難しい注文だね」
「やはり難しいでしょうか」
「耕平、摩耶が女王様になったのは何故だと思う?」
「え?」
「SMに目覚めた時、女はマゾにでもサドにでもなれるんだよ。私や摩耶が、MじゃなくてSを選んだのはどうしてだと思う?」
「たまたま、その時に付き合っていた男性がM男だったから、でしょうか?」
「まあ、人によって理由は色々あるだろうけどね。私なんかは、男が嫌いだったからさ」
「はあ」
「男の好きなようにされて、奴隷扱い、もの扱いされる屈辱に耐えられなかったのさ。だから、逆に男を甚振ってやる立場の女王様を選んだんだ」
「はあ。それ、なんとなく分かります」
耕平は、筋肉が逆三角形に付いている琴美女王様の体を眺めながらそう答えた。
「摩耶も、そうだよ」
「え?」
「摩耶について、詳しい話はよく知らない。私は、乱暴な父親に育てられてね。私も兄弟も母親も、いつもどこかしらに痣を作っていた。こんな父親、死んでしまえば良いのにって、何度も思ったものだよ」
「大変だったんですね」
「そんな私と、摩耶はすごくウマが合ってね。いつも二人で、男の悪口を言い合ってたものさ。摩耶の生い立ちも、きっと私と似たようなものなんじゃないか?」
「はあ」
話を聞きながら、耕平は暗澹たる気持ちになってきた。
男嫌いの女王様を調教する。だが、耕平は男じゃないか。男嫌いの女王様を男が調教するためには、どうしたら良いんだろうか。
耕平は泣きたくなってきた。
そんな情けない様子の耕平に同情したのだろうか、琴美女王様は、耕平に助け舟を出すように、こんな話をし始めた。
「でも、女は年を取るんだよね」
「はい。あ、いえ、女だって男だって、年を取ります」
取って付けたように弁明する耕平に、琴美女王様はおかしそうに笑った。
「男の性欲はさ、ある年を境にだんだん下がってくるそうじゃないか。ところが女の性欲はね、年を取れば取るほど、強くなってくるんだよ」
「はあ」
「セックスしたくてしたくて、仕方が無くなってくるんだよ」
耕平はゾクッとした。目の前に居るマッチョの琴美女王様が突然飛び掛ってきて、耕平のことを犯そうとする図を想像してしまったのだ。
「もちろん相手は、女でも良いんだよ。でも、あれほど毛嫌いしていた、男が欲しくなってきたりするんだよ」
琴美女王様の視線が、耕平の股間に下りてくる。思わず耕平は、ズボンの前を両手で隠した。
「男に服従させられるのは屈辱だった。でも最近、男に押し倒されたくなることがあるんだよ。男に無理矢理組み伏せられて、いくら抵抗しても抵抗し切れなくて、男の好きなように弄ばれてしまう。そんなことを想像すると、体が熱くなってくるんだ」
そこまで話して、琴美女王様は話を中断し、煙草に火を点けた。
「ま、これは私の話だよ。摩耶がどうなのかは知らないけどね」
「はあ」
「もし摩耶も同じだったら、その辺に付け入る隙があるかもしれないね」
「ありがとうございました。耕平、行こう」
分かったような分からないような顔をしている耕平の腕を取って、恭子が歩き始めた。
「耕平、もし摩耶が駄目だったら」
「は、はい!」
「私を代わりに押し倒してごらんな」
「え?」
「私のこと、みんなは虎みたいな女だって言っているみたいだけど、あんたみたいな可愛い男の子が襲い掛かってきたら、案外従順な猫になるかもしれないよ」
「行こうよ、耕平。早く」
「あ、ああ」
琴美女王様の高笑いを背中に聞きながら、耕平と恭子は足早に走っていった。
恭子の掴む腕の力が痛い。なんだか恭子は、わざと強く耕平の腕を圧迫しているようにも感じた。
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