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 美照尼が妙韻寺で囚われの身になってから二週間後、同じ生駒山中に分け入っていく一人の武士が居た。
 照り付ける日差しの中、武士は手拭いで暑そうに額の汗を拭った。
「今日も暑くなりそうじゃな」
 独り言のように呟く。だが、武士の他に人影が無いにも拘わらず、どこかから返事の声が戻ってくる。
「一休みなさいますか?」
「いや、構わぬ。目指す寺はもう近くのはずじゃ。先を急ごう」
「はっ」
 声は女の声であった。どうやらこの武士は、くノ一を供に引き連れているらしい。
 武士の名前を小暮陣兵衛と言う。元は松永久秀に雇われていたが、彼が死んで、陣兵衛は浪人した。
 その陣兵衛が、改めて仕官もせずにこんな山奥を彷徨い歩いているには訳がある。
 陣兵衛の主であった松永久秀は、名器の誉れ高い平蜘蛛の茶釜を所有していた。優れた武将であるとともに、連歌や茶の湯の道にも精通していた文化人でもある久秀は、この名器を非常に珍重していた。
 ある日陣兵衛は、久秀からこんな話を聞いた。
「この茶釜はのう、陣兵衛。天下人の釜と言われている」
「天下人の茶釜、でございますか」
「この釜を所有する者は天下を握ることができるのじゃ」
「それが誠であれば、めでたいことでございますな」
「だが、この釜は持つ者を選ぶと言う。器のそぐわぬ者がこの釜を所有すれば、その身を滅ぼすのじゃそうな」
「弾正様であれば、よもや釜の魔力に負けることはございますまい」
「そうか、お前もそう思うか」
 そして、松永弾正小弼久秀は愉快そうな高笑いを上げた。
 実際、松永久秀は自らが天下人になる野望を抱いていた。その野望のために、主筋に当たる足利義輝、十河一存、三好義興、三好長慶の弟でてある安宅冬康などを次々に暗殺し、畿内に隠然たる権力を確立させた。
 織田信長が畿内に進出してくると久秀はその軍門に下るが、武田信玄を中心とした信長包囲網が布かれた時に一度、信長に叛旗を翻している。信長に代わって天下を取る野望は、松永久秀の心の中にいつもあった。
 二回目に久秀が信長を裏切ったのは、天正五年のことである。信長に京を追われた足利義昭の激を受けて、越後の上杉謙信、中国の毛利輝元、石山本願寺の顕如らが反信長の兵を挙げる。松永久秀は、これに呼応する形で挙兵した。
 だが、信長の動きは敏速だった。中国の毛利と大坂の石山本願寺は信長軍によって包囲され、身動きが取れなくなる。唯一善戦していたのは越後の上杉謙信であるが、まだ上洛の動きは見せない。
 松永久秀は畿内にあって孤立した。信長の嫡男、織田信忠の兵が久秀の居城、信貴山城を包囲し、落城はもう時間の問題となる。
 その時信長は、久秀に平蜘蛛の釜を所望した。それを差し出せば、今回の謀叛は不問に臥すというのである。これまでの信長の言動から考えれば、信じられないほどの寛大な処置であった。
 もちろん、合理主義者の信長は、天下人の釜などという迷信は信じていない。むしろ拘ったのは、畿内経営に対する松永久秀の手腕であったに違いない。
 京は魑魅魍魎の住む街である。長い歴史の中で、様々な権力者がこの街を占領しては消えていった。そういう文化を持つ街なのである。
 鬼神信長は、日本全国の武将に怖れられていた。だが、京の民だけは信長をなんとも思っていない。尾張の田舎者が、時の勢いでたまたま時めいているだけだと考えている。少しの間頭を下げて待っていれば、やがて通り過ぎていくつむじ風のようなものだと考えている。
 信長も、京の街のそんな雰囲気を感じ取っていた。そして、そのようなねっとりとした底意地の悪さは、合理主義者信長の最も不得手な相手だった。
 松永久秀は、そんな京の街にしっくりと馴染んでいる。将軍暗殺、東大寺焼き討ちなどの悪行を重ねながら、都の民の受けはなぜか悪くなかった。
 信長の配下には優れた武将がたくさん居たが、都での政治を任せられる人材は極端に少ない。明智光秀、藤堂高虎、そしてこの松永久秀の三人くらいのものである。
 その三人の中でも、久秀の政治力は群を抜いていた。末期の足利政権の中枢にあって、一時は足利、三好の力を圧倒して、実質上、足利幕府を一人で牛耳っていた男である。織田の軍門に下った今も、彼は京の顔役たちに強い影響力を保っていた。
 そのような男であったからこそ、信長はむげに松永久秀を切ることができなかったのである。少々のことには目を瞑っても、彼を手元に置いておきたかったのだ。
 だが、松永久秀は、信長の差し伸べた救いの手を拒絶した。天守閣の上で平蜘蛛の茶釜を叩き割り、自ら火薬に火を放ち、爆死した。
 と、史実に残っている。
 だが、実はその前日、松永久秀は秘かに小暮軍兵衛を呼び寄せていた。軍兵衛が参上した時、久秀の横には一人のくノ一が居た。軍兵衛が今、供に引き連れている、あのくノ一である。
「軍兵衛、今回ばかりは、わしも命運が尽きた。儂は自害して果てようと思う」
「この軍兵衛も、お供仕ります」
「ならぬ。お前には頼みたいことがある。生きて城を抜け出し、儂の命に従え」
「しかし、殿……」
「お前に渡したいものが三つある」
 久秀は、軍兵衛の抗議の声を遮った。
「一つはここに居る忍びじゃ。名を、お清と言う」
「はあ」
 言われて軍兵衛は、くノ一の方を見る。
 女は忍び装束を着込んでいたが、顔は晒していた。細面の、なかなかの美人である。静かに頭を下げたその顔には憂いを感じさせる寂しさがあったが、一方、きりっと吊り上がった眉にはこの女の意志の強さが表れていた。
「もう一つは、これじゃ」
 軍兵衛の前に差し出されたものは、手の中にすっぽりと入るような小さな壷であった。久秀が蓋を開けると、中にはなにやら怪しげな軟膏のようなものが入っている。
「これは惚れ薬じゃ。どんな女も痴れ狂い、悶絶するくらい、強烈な効き目がある」
 そして久秀は、隣りに座っているお清の方に目を向けた。
「お清、脱げ」
「はっ」
 言われたお清は立ち上がり、忍び装束を脱ぎ始めた。腹の肉の割れた筋肉質の体に、そこだけが豊満な乳房と尻が剥き出しにされる。全部を覆っている陰毛は、うっすらとした楕円形をしていた。
 そしてお清は、久秀に尻を向ける形で四つん這いになる。久秀は壷の中の惚れ薬を指先にすくうと、お清の陰部にすっと擦り付けた。久秀の指が触れた瞬間、お清の体がぴくっと震えた。
 効果が表れるまでに、そう時間は掛からなかった。お清の息はすぐに乱れ始め、全身にうっすらと汗が滲んできて、お清の腰が悩ましげに動き始める。
「あ、あああっ」
 たまらず、お清が声を出す。先ほどまでは、全身一部も隙も見せなかった女忍者が、無防備な喘ぎ声を上げている。
「この通りじゃ。修行を積んだ手練れの忍びでさえ、我を忘れて痴れ狂うほどの妙薬じゃ」
「は、はあ」
 軍兵衛は、美しい顔を淫らに歪めながら我が乳を揉み、股間を擦りながら悶え狂っている女忍者の様子を呆然としてみていた。
 やがて、軍兵衛の顔に驚きの色が浮かぶ。悶え狂い、何度目かの絶頂を迎えた女の背中に、くっきりと文字が浮かび出してきたからである。



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