その日、軍兵衛は平蜘蛛の茶釜を求めて旅立っていった。美照尼と真砂は、寺に残ることになった。
もともと、美照尼はこの寺に主君松永弾正の菩提を弔いに来たのである。妙徳尼たちによっておかしなことになっていたが、改めてと当初の目的を果たしたいと、美照尼がそう望んだのだ。
「それでは紗江さま、失礼いたします」
軍兵衛は後ろを振り返り、美照尼に最後の挨拶をした。美照尼は、穏やかな笑みでこれを受ける。
「道中、気を付けるのですよ」
「はい。紗江さまも、お達者で」
「私の方は大丈夫です。真砂も居ますし、この者たちも居ます」
美照尼と真砂の後ろに控えているのは、妙徳尼を倒すために連れてきたくノ一たちであった。
まだまだ世情は騒然としている。落ち武者などがいつ紛れ込み、襲い掛かってくるか分からない。軍兵衛は引き続き、このくノ一たちに護衛を依頼したのである。
お清だけは、軍兵衛に随いていく。平蜘蛛の茶釜のことは、お清にとっても松永弾正から直々に依頼された使命なのであった。
美照尼と真砂は、いつまでも手を振っている。軍兵衛とお清もまた、何度も振り返り、手を振り返してした。
「さて」
ようやく寺が見えなくなった頃に、軍兵衛が言った。
「これからどうするかの」
「さようでございますなあ」
もちろん二人は、平蜘蛛の茶釜を取りに行くのである。
だが、主命でこの茶釜を渡せと言われていた上杉謙信は、既に他界していた。松永弾正が爆死した半年後のことである。
松永弾正がこの茶釜の送り主を謙信と決めたのは、織田信長に対抗しうる大名の筆頭だったからである。その彼が死んだ今、彼に代わる送り主を見つけなければならなかった。
「さて、誰にすればよいものか」
「そうでございますなあ。今であれば、中国の毛利元就、九州の島津義久、奥州の伊達政宗あたりでございましょうか。大名に拘らなければ、石山本願寺の顕如という手もございましょう」
軍兵衛、思わず笑ってしまう。
「坊主に天下を取らせるか。それは面白い」
「顕如になさいますか」
「いや」
どうやら軍兵衛には、何か思うところがあるらしかった。だが、中々決断が付かぬらしい。
お清は軍兵衛の次の言葉を辛抱強く待った。
「儂はのう、お清」
「はい」
「少々主命とは異なるが、あの茶釜を信長に送ってみたい」
「織田信長に」
「あの茶釜を、天下取りの器を持たぬ者が持つと身を滅ぼすと言う。現に我が主は、あのように爆死して果てた。儂はのう、お清」
「はい」
「あの信長という男の器を試してみたいのじゃ。あの平蜘蛛の茶釜の魔力を制して天下を取れる男かどうか、見極めてみたいのじゃ。どう思う、お清?」
「松永様がお亡くなりになった今、私の主は軍兵衛様でございます。どんなご判断であれ、清は軍兵衛様に従います」
「そうか」
心を決めたかのように、軍兵衛は天を仰いだ。
平蜘蛛の茶釜は、堺の商人今井宗久の手を通じて信長の手に渡った。
だが、それが平蜘蛛の茶釜であることを信長は知らない。今井宗久は、それに別の名を付けて信長に献上したのである。
松永弾正の死から四年半後の天正十年六月、信長は本能寺に宿営中、配下の明智光秀の謀叛により、死んだ。
信長の死体は発見されていない。当夜、光秀の軍勢と闘っていた信長は覚悟を決めたように寺の奥に引っ込んでいき、その直後に火が出たという。その火の広がり方があまりに急であったため、敵も味方も、信長の後を追うことができなかった。
当時信長は本能寺の床下を火薬庫代わりに使っていて、この火事は保管されていた火薬に火が点いたためであるとする説もある。
もしそうであるのならば、信長の死因は松永弾正と同じ爆死ということになる。
小暮軍兵衛は、本能寺の変後、明智光秀の徴兵に応募し、山崎の合戦において豊臣秀吉軍と闘って戦死した。お清も軍兵衛に殉じ、胸を突いて自害して果てた。
平蜘蛛の茶釜がその後どうなったのかの記録は無い。本能寺において今度こそ爆破されてしまったのか。それともその後も人から人へと渡ってゆき、権力者たちの運命を占い続けていたのか、今となっては知る由も無い。
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