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ワンズ・ファクトリー 『女優−拘束マニア』湯川えり

 拘束面接




 AV女優、湯川えりは、その日新作作品『女優拘束マニア』の面接に来ていた。
 えりは昨年、アイドル系のAV女優としてデビューした。爽やかな雰囲気の童顔に胸は巨乳というアンバランスさが、ファンに人気を博していた。
 ロング・ヘアーの下の目はくりくりと大きい。その目が笑うと、無くなってしまう。笑顔の愛くるしさはえりの魅力の一つで、そのことはえり自身もよく知っている。だからえりは、なにかと言うとけらけらとよく笑う。
 時々、驚いたように目を見開く。大きな目が自分のチャーム・ポイントであることも、えりはよく知っていた。
 子ウサギのように、よく跳ねる。跳ねると大きな胸がゆさゆさと揺れる。胸の大きさを強調するというのは、事務所からの指示だった。
 実のところ、えりは自分の胸があまり好きではなかった。いつも男の子にからかわれていた大きな胸は、えりにとって昔からのコンプレックスの対象だった。
 AV女優になって、巨乳アイドルなどともてはやされている今も、そのことは変わらない。
 今回の作品を撮影する会社の応接室に、えりは座っている。小さなテーブルを挟んで二脚ずつ椅子が置かれている。スチール製のパイプが組み合わされたものに、背もたれと肘掛けを付け加えただけの、パイプ椅子に毛が生えたという感じの簡素な応接椅子だった。壁も汚れていて、けっして綺麗な部屋ではない。
 えりの前に監督が座っている。
 監督は、口髭を生やしている。頭が禿げ始めている分老けて見えるが、実年齢は三十半ばというところではないだろうか。いかにも人の好さそうな、温厚そうな顔立ちをしている。笑うと、底抜けに優しそうな笑顔になる。ジーンズの上下という服装はいかにも業界人という雰囲気だった。
 えりはと言うと、薄い生地に花柄がプリントされた半袖のカットソーにジーンズの超ミニにハイヒールという出で立ちだった。
 ハイヒールを履いてきたのは、脚の線を強調するためである。大きく開いたブラウスの胸元からは胸の谷間がはっきりと覗き、スカートの中は、監督の目の位置からだとほとんど奥の奥まで丸見えになっているはずだ。
 その日のえりの服装は、かなり気合いの入った勝負服だった。
 デビューして一年、えりは転機にさしかかっていた。次々に若い娘がデビューしてくるAV業界でえりはもう新人ではないし、アイドルという扱いでもなくなってきていた。ちやほやされながら形ばかりの濡れ場を撮影して終わりという仕事はなくなり、かなり本格的な絡みを要求されたり、企画物っぽい仕事を要求されたりすることも多くなってきた。
 人気の無いAV女優は悲惨だ。屈辱的で過酷な内容の仕事を次々にこなしていかなければならなくなる。最初の契約で何年間で何本の出演という契約を取り交わしている以上、出演を拒否することは難しい。
 仕事の質を落とさないためには、今来ている仕事を確実にこなし、露出度を維持していくしかないのだ。
 今のえりはもう、決してトップ・アイドルではない。だがまだ、企画物女優と呼ばれるような位置にもなっていない。
 今のえりにとって、今は正念場なのだった。
 監督は、撮影のNG項目などを調べるアンケート用紙をえりの前に置いた。
「じゃあこれ、書いてもらいたいんだけど」
「はい」
 元々が近視のえりは、何かを読み書きする時、目を近付ける癖がある。この日もえりは書類の上に被さるようにしてアンケート項目を記入している。監督の目の位置から、えりの胸の谷間の奥まで見えそうになる。
「胸おっきいねえ」
「え? あ、はい。一応、Gカップです」
「G? ほう。何センチくらいあるの?」
「あ、あの、90センチです」
「90センチ。ほう。アンダーは?」
「アンダーは、65センチです」
「65の90。ほう」
 そう会話を交わしながら、監督はそれほどえりの胸に興味は無さそうだった。むしろ、えりの表情の変化をじっと観察していた。
 実はこの面接はある種のドッキリだった。単なる面接と称して、そのまま撮影に持ち込んでしまう予定なのだった。だから、カメラ・テストと称してカメラ・マンにハンディ・カメラで撮影をしている。監督の横にさり気なく置かれている鞄の中には、そのための道具が隠されている。
 そのことはえりの事務所にも説明してある。だが、えり本人は、そのことを何も知らないのだった。
「一応、SMはNGなんだ」
「あ、はい」
「ハードな奴は」
「一応、ハードな奴は」
 えりの顔に緊張が走る。
 SMの作品は、女優にとっては大変な仕事だ。監督によっては、女優の人格を無視した危険な撮影を強いることがある。現に、撮影での事故が原因で二度と子どもを産めない体になってしまった先輩女優の話を聞いていた。
 だから、今回の撮影も断るつもりだった。事務所の人間から、ハードなSMプレイは絶対にさせないからと説得されて、ここに来ているのだった。
 だが、現場と事務所の意思疎通がうまくいっていないことも多い。SMのNGに対して監督が何を言い出すのか、えりは緊張して次の言葉を待った。
「縛りとかってのは?」
「縛りは大丈夫です」
「大丈夫。経験はある?」
「ええっと、撮影では」
「どんな感じの? 縄?」
「縄、縄? そうですね、この間一度、麻縄みたいなのを……」
「ああ!」
 監督の顔が一瞬輝く。それを見たえりの顔は、逆にしまったという顔になる。
 麻縄が大丈夫などと言ったら、もっとハードなプレイも大丈夫なんだろうと勝手に思われてしまうかもしれない。自分から麻縄という言葉を口にしたのは間違いだった。
「いえ、あの、タオルなんかが多いかな」
「ああ、そう」 
「あんまりそんな、縛ったりは……」
「で、どう? そういうふうにされるってのは」
「ううんっとねぇ」
 麻縄と口走ってしまったことを追及されたらどうしようと思っていたえりは、監督が意外にあっさり流してくれたことにほっとした。それが油断を生んだのだろう。人の好さそうな監督の顔に安心したのかもしれない。えりは突然、素直な感想を語り出した。
「でも、嫌いじゃなかったんですよ。あんまり、嫌だなあってのは、あんまり無かったです」
「ふん、ふん、ふん、ふん」
 さっきの失敗に自分で気付いていた監督は、今度はポーカー・フェイスで通した。だが、内心でしめしめと舌なめずりをしていたのだった。
 この企画をえりの事務所に持ち込んだ時、監督はこの子で大丈夫かと危ぶんだ。
「SMがNGじゃ困るよ。今度の作品は、『女優拘束マニア』だよ?」
「大丈夫ですよ。この間、ちょっと麻縄で縛る真似事をする場面があったんですけど、あの子、気持ち好さそうでしたよ」
「そうなの?」
「色々、危ない話を聞いているから、臆病になってるんですよ。あの子は絶対Mですって」
「ふうん。なら良いんだけど」
 その言葉を聞いて、監督の気持ちは動いた。変にSM慣れしている子を使うよりも、Mっ気はあるけれどSM経験の乏しい子を使った方がリアルな反応が期待できるかもしれない。
 だからこの面接で、監督は自分でこの子を縛ってしまおうとおもっているのだった。一番初々しい場面を撮影しておきたいという思いもあったし、反面、もしやはり駄目ならスタッフの手配などをする前にそのことを見極めておきたいという計算もあった。
 意外に早く、えりは監督の探りに乗ってきた。これは本当にいけそうだという手応えを、監督は感じた。
 穏やかな表情でえりを見詰めながら、監督の目だけが鋭くなった。

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